世宗実録に収録された15世紀の楽譜「致和平」には龍飛御天歌が歌詞として用いられているが、本稿はその歌詞の声調と旋律の間に密接な関係があり、一定の位置において語の声調を反映した旋律が付けられていることを明らかにした。これによって、中世韓国語のアクセントの音声的実態と音韻論的特徴を新しい角度から解明することが可能となった。
ベルリンには約19万人のトルコ系移民の人々が暮らしている。今回はベルリンとイスタンブルの9年生と10年生に,コンテクストにふさわしいトルコ語の指示詞を選択してもらうアンケート調査をおこなった。その結果,選ばれる指示詞は質問項目によりさまざまであったが,全体の回答パタンを比較すると,ベルリンの生徒の回答とイスタンブルの生徒の回答のあいだにはっきりとした類似性が見られた。
現代チベット語諸方言では,叙述対象に関する話者の知識のあり方が「話者がよく把握している定着した知識(定着知)」か「話者自身が直接的に知覚して得た知識(観察知)」かによって存在動詞を使い分けることが知られている1。しかし,この区別が歴史的にどこまでさかのぼれるかについてはよく分かっていない。本論文では,この区別が14 世紀に書かれた歴史書『王統明示鏡』においても見られることを,二つの存在動詞 yod と ’dug の比較によって示す。また,これらの存在動詞が,現代の諸方言と同様,アスペクトや推量などの意味を担う助動詞としても機能していることを示し,文法化のプロセスの開始が,少なくとも14 世紀にまで遡れることを明らかにする。
言語の交話的機能の概念は言語論に定着してはいるが、十分な記述がなされていない。小論ではこの概念を分析し、異文化コミュニケーション研究の手段として論じていきたい。
言語学における語用論の最も困難かつ興味深い目標、すなわち異文化(ミス)コミュニケーションの科学的記述はいまだに達成されていない。近年提出された概念も、その例外ではない。高度の普遍性を有するかに見える概念モデルが提唱されても、結局的外れに終わってしまうのは、それらの多くが異文化の概念を広義の(交話的な)文化上の文脈を無視しているからである。小論では、Wierzbicka(ヴィェジュビツカ/日本語文献における表記:ヴィエルジュビツカ)の日本人と非日本人の間のコミュニケーションへのアプローチを始めとするさまざまな概念モデルが潜在的に引き起こし得る異文化解釈誤解の諸例を分析する。そして、「交話的な文脈」の概念を提案し、それによって日本人対ポーランド人の異文化(ミス)コミュニケーションの記述を試みる。
本稿では,韓国慶尚道方言のうち,統営市(Tongyeong-si)方言のアクセント体系を概観し,アクセント核と語声調の2種類のアクセントを兼ね備えていることを述べる。他の解釈と対比し,アクセント体系におけるアクセント核と語声調の特徴を論ずる。
本論文は、中国における朝鮮語話者が話している朝鮮語(中国朝鮮語)のアクセントの記述と、異なった地域出身の話者同士の体系を比較することによりアクセント変化の方向性を検討することを目的としている。中国朝鮮語は咸鏡道方言との類似が指摘されており、中国朝鮮語のアクセントを記述することにより、これまで慶尚道方言を中心に記述されてきた朝鮮語アクセント研究に新たな側面のデータを提供することになる。
まず、出身地域の違う6名のインフォーマントからのデータを、名詞に主格助詞、処格助詞などがついたときのアクセントの交替、ならびに動詞にさまざまな語尾がついたときのアクセントの交替に注目しながら比較して論じる。
その後、中期朝鮮語との比較を通し、体系の中でどの対立(型)が失われやすいかを検証する。具体的には、語末の開音節は下り核アクセントを持ちやすく、語末の閉音節は下り核アクセントを持ちにくいこと、また無核の型が失われやすいことなどを述べる。
全羅道方言のアクセントは、分節音の関与が目立っており、多くの部分で世代差・個人差・混同が見られることからアクセントの対立を持たないとされてきたが、本稿ではアクセントの概念を拡大することでアクセントの対立があることを明らかにする。
文が表示する事態には、成立時区間(過去、現在、未来)、閉鎖性(全体、部分)、複数性(習慣、反復)などの時間的特性が含まれているが、これらの特性は、文を構成する形態素の語彙的・機能的特性が合成されることにより決定される。ただし、形態素の特性は、単純に合計されるのではなく、相互に矛盾がないようにするために、合成過程では形態素の特性の調整が行われる。本論では、時間的特性に関わる形態素の意味特性が、どのような方法によって、調整を受けながら合成されるのかを明らかにする。
本稿の目的は、これまで筆者が行ってきたノルド諸語(北方ゲルマン諸語)の記述を基に、新たな視点からストレスアクセントの類型論を提案することにある。ストレスアクセントは、ピッチアクセントや声調に比べて、その本質が未だ十分
には解明されていない。例えばノルウェー語は主強勢を伴う音節に二種類の音調が現れるが、ストレスアクセントとピッチアクセントの「併存」や、ストレスやピッチとは別の「中間的」なアクセントであると説かれてきた。
筆者は、このような主張は全てストレスアクセントの理解が不十分であることに起因すると考え、意義を唱えたい。そして、ノルウェー語の様に異質なアクセント体系の併存に見える現象がストレスアクセントの一変種であることを提唱し、さらに、デンマーク語など他のノルド諸語の資料からストレスアクセントの更なる変種を提唱することで、音声実質に即したストレスアクセントの類型論を試みる。
本稿の目的は、近世から現代にかけて、名詞「自分」の意味的性格が変化したことを、主に複合語の考察を通して実証することにある。結論は次の通りである。
これまで一般にアイヌ語の複数形を作る動詞接尾辞として扱われているpaは、接尾辞のpa1と自立形式(助動詞)のpa2に区別することができる。pa1は北海道方言全体に共通しているが、pa2は沙流方言のように発達している地域と、静内方言のように適用される語が限られている地域がある。一方、多回性を表わすciという形式があり、pa2と反比例するように、沙流・千歳方言には全く見られないが、幌別方言では接尾辞としてごく限られた動詞にのみ結合し、静内・虻田方言では助動詞としてかなりの生産性を持つ。こうした状況から、次のようなことが考えられる。かつて動詞句の複数・多回性を表示する手段として、接尾辞の pa1と助動詞的なciが機能を分担して用いられていたが、次第にpa1からの類推で発達した自立形式であるpa2がciにとって代わり、幌別方言ではciは接辞化してiki-ci「する」などの一部の動詞に残るのみになった。沙流方言ではその-ciもpaに置き換えられた結果、ikiに対しては動詞接尾辞のpa1と助動詞pa2の両方の形で実現するようになった。
スンバワ語はインドネシアのスンバワ島の西部で話されている言語である。本研究ではこの言語における「願望」を表すモダルマーカーmaとその否定形naを扱う。この二つのマーカーは、依頼を表す主節と、目的を表す従属節の両方に現れる。この分布は、共時的に見れば、依頼と目的はいずれも願望―述語によって示される状況の実現に対する願望—の表現であると考えることによって説明されうる。
同一のマーカーが依頼文と目的節の両方に現れるという現象は通言語的に珍しくないが、そのような標示を行う多くの言語において、そのマーカーはより広範囲にわたる法のカテゴリーを標示することが多く、その用法を意味的に統一的な形で説明することは難しい(例:スペイン語の接続法)。スンバワ語のmaとnaはその分布を上述のように「願望」という意味と直接的に結び付けて説明可能であるいう点がそれらの言語とは異なる。
本稿では,韓国語慶尚道大邱方言のアクセント体系を取り上げ,従来,過度に単純化されて考えられてきた複合語や単語連続等の,表面的にはアクセント体系に収まらない音調型について考察し,この方言の複合語の中には様々な階層の複合語が存在していると結論づける。その他,複合語規則における例外の説明,および用言の活用アクセントパターンにおける分節音と活用タイプの関与について考察する。
慶尚道方言は,15~16世紀の朝鮮語(中期朝鮮語)にはあったアクセントの対立がソウル方言をはじめとする多くの方言では失われている中にあって,今なおこれを保持している点で古くから注目された。そのため,慶尚道方言のアクセント研究は,中期朝鮮語との関連から多くの研究が行なわれてきたが,本研究では,純粋に共時的考察を行なう。
本論文ではフィリピン諸語に分類されるバンティック語のアクセントとアクセント体系に関する考察を述べる。オーストロネシア語族に属する諸言語において、ストレスの位置が弁別的な働きをすることは概して少ないが、このうち西マラヨ・ポリネシア語派のフィリピン諸語においては散見される。バンティック語もフィリピン諸語に属し、音声的な高低が弁別的特徴として音韻的な機能を持つ言語の一つである。本論文では、そのバンティック語の音声的な高低が「ストレス」としてより「ピッチ・アクセント」として扱う方が適切であることを主張し、バンティック語のbase におけるアクセント核の位置と他の言語的要素がbase に付加したときに起こるアクセント・パターンの変化について考察する。
本論考では,バスク語アスペイティア方言における,「通常〈能格NP 絶対格NP 動詞 du助動詞〉の構造に生産的に現れる動詞が〈絶対格NP 動詞 da助動詞〉の構造に現れて非人称的内容を表す場合」を扱う.動詞により,また絶対格NPがどのような意味的特徴を持つものかなどにより,この構造による非人称表現が成立しない場合がある.
本稿ではブルガリア語のl-分詞と日本語の助詞「が」について考察する。ブルガリア語のl-分詞と日本語の助詞「が」を共に扱う理由は、情報の提示の仕方との関連においては、これらの形式の働きに共通性が見られるためである。ブルガリア語のl-分詞は、「推量」や「伝聞」または「驚異」といった異質な働きを持っている。また、助詞「が」も、基本的意味との関連が一見分かりかねる特殊な用法がある。本稿でその異質な働きの関連づけを試み、特殊な用法が用いられている命題の情報タイプが関連づけを正当化することを示す。
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