by hkum

言語学論集14号 論文要旨


山田 幸宏「イトバヤット語と語順の類型論」

言語の音韻・形態・統辞・意味・談話などの構造には、個別的な言語特徴にとどまらず、共通の言語特徴も多く見られる。更に、その共通の特徴の間にはある程度の相関関係が認められる。本論では、VO構造を持ち前置詞言語である、イトバヤット語の語順について考察する。グリーンバーグの提示した普遍的特徴間の相関性については、相違する項目もあるが、イトバヤット語は概ねそれを支持している。


森口 恒一「台湾ブヌン族における忌避の言語学的・人類学的分析」

この小論は、台湾のブヌン族の言語的な忌避関係について論じ、結論として、この言語的な忌避行動は一種の敬語で、それも異なる胞族(phratry)の間で機能していることを示した。また、馬淵の一連の論文(Mabuchi [1931] - [1970])にある父系制における母族の優位性という結論に、新たな証拠を提供した。


湯川 恭敏「コサ語動詞アクセント試論」

コサ語は南バントゥ諸語の一つであり、かなり多くの単語が吸着音を含むので有名である。この論文の目的は、この言語の動詞の多くの活用形のアクセントを記述することにある。この言語のアクセントは、ある種の子音を有する音節の冒頭が、その音節が音韻的に高い音節であっても低く発音されること、高い音節に続く音韻論的に低い音節は、それが語末に立つのでない限り、その冒頭が高く発音されること、などのために非常に認定しにくい。本論文は、そうした動詞アクセントを、試論的にではあるが、解明しようとするものである。


上野 善道「伊吹島方言アクセントの年齢別変化」

伊吹島方言につき、各世代計27名のアクセントを調査した。話者全員が第1アクセントを保持していること、その枠の中で所属語彙の変化が起こっていることが明らかになった。その変化の大きな切れ目は昭和30年頃にある。動詞の活用形の変化は、類推によるものと推定される。名詞の変化はかなり個別的で、特に生活に縁の無くなった語彙は動きが大きい。アクセント変化の方向には、その単語の意味や使用属性が関与している面が認められる。


柘植 洋一「南オモ語群の音韻対応について」

本論はまず、研究の遅れているオモ諸語の中の、南オモ語群を構成する4言語の基本的な対照語彙表を提出する。そしてさらに、それを基に推定される子音対応のパターンを詳しく検討する。これは、試論であるが、今後の比較研究の基礎となるものであり、4言語間の関係を明らかにするための第一歩である。


熊本 裕「ペリオ蒐集コータン語文書雑纂」

ここに収録した6種類のコータン語文書(P 2024, P 2028, P 2745, P 4068, P 4091, P 4649)は、何れも敦煌出土で、パリ国立図書館ペリオ蒐集に属する。また何れも現在まで写真版が出版されたのみで、まとまった解釈は行われていない。中にはコータン王国政府発行の公文書の断片、商業文書、学生の習字練習帳などを含む。また全て9ないし10世紀に属するものと思われるが、そのうちの3点はより正確な年代推定を許す。附録に、H. W. Bailey, Khotanese Texts, Vol.2, Cambridge 19692およびDictionary of Khotan Saka, Cambridge 1979に対する訂正事項を挙げる。


荻野 綱男「台湾におけるミン[門+虫]南語と北京語の使い分けについて」

台湾では国語(北京語)とミン[門+虫]南語、それに客家語が多くの台湾人によって使い分けられている。本研究は、台湾の言語使用状況を社会言語学的に解明しようとするものである。諸言語の使い分けに関わるものとしては、話し手側の要因として、出身地・年齢・性別が関与している。また、聞き手の出身地・聞き手が家族かどうか・聞き手の年齢も影響している。これに加えて、改まった場面かどうかということも関係する。


斎藤 治之「古高ドイツ語の条件文における接続法現在形の意味と用法について」

ゲルマン語は祖語の条件文の4種の用法のうち 1) Realis, 3) Potentialis, 4) Irrealis を祖語から引き継いだとされている。しかし、ある場合には、ゴート語と古高ドイツ語の接続法現在形による条件文が、それぞれギリシア語の接続法現在形およびラテン語の直説法未来完了形による条件文に対応することから、ゲルマン語の接続法現在形による条件文の一部は、祖語の 2) Eventualis に遡ると考えることが可能である。


中島 由美「マケドニア語人称代名詞体系の変化に関する一考察」

マケドニア語人称代名詞の方言分布を材料として、バルカニズムのひとつである人称代名詞二重使用が、言語タイプの移行とどのように関連して発達したかを考察する。1人称単数形と同複数形を分析の対象とする。東西二大方言で格情報を前置詞に移行させたタイプと、人称代名詞短形の対格/与格区別に依存する二重使用優勢のタイプに大きく分かれ、以後の方言分化につながっている。


福嶋 秩子「徳之島における親族名称」

琉球方言域に属する奄美・徳之島で親族名称の調査を行い、パーソナルコンピュータで地図化した。自己より上の世代や年上の人を表す名称の地図の間で、類似の地理的分布パターンが認められたので、地図上の語形を4つの系列に分類して集計し、新古関係を推定した。元来上流階級で使われていたいくつかのことばについては、位相差が地域差となって広がる現象が見られ、これを「士族ことばの拡散」と呼んだ。


松村 一登「エストニア語の変格(translative)の意味と用法について」

本稿は、エストニア語の名詞の格のひとつである変格(translative)について、書きことばのコーパス資料(およそ9万語)から採集した実際の使用例(約1,000例)の意味・用法を包括的に記述する試みである。用例は、主語補語、目的語補語、時間表現、目的を表す変格、文副詞相当の変格表現の5つのグループに分けて、それぞれのグループごとに分析・記述する。また、これらのグループが互いに交わっていることを示すと思われる具体的な用例を示す。


菊地 康人「<細分並立型>の『は』構文とその周辺」

本稿は、XがY1, Y2を含み、「XはY1がZ1、Y2が(は)Z2」という形で成り立つ<細分並立型>の「は」構文、たとえば、「二人は、A君が北海道の出身、B君が(は)九州の出身だ」など、とその周辺の構文について、さまざまな角度から考察し、あわせて実例を多数提示する。この構文は、<主題化>では扱いにくい<非基本形>の「は」構文の一つである。


林 徹「現代トルコ語のPossessive Compoundについて」

トルコ語のpossessive compoundと呼ばれている複合名詞は、構成要素に多様な成分を含み得る。また、限定的にではあるが、その構成要素は統語的自律性を持つ。こうした点から、通常の複合語に較べ、やや「句」に近い特徴を持つものであると言える。属格表現とそれとを同じレベルでとらえる伝統的な解釈は、possessive compoundが持つこのような「句」的な特徴を反映している。


町田 健「言語記号の恣意性の必然性について」

言語記号の意味は、形態素の場合には個体あるいは事態の集合、文の場合には事態の集合としてとらえられる。形態素の能記と所記の間の関係が必然的であるとすると、文の所記である集合が、ある特定の分割不可能な音素列に対応することになり、これは文が形態素からなるという言語の性質と矛盾する。したがって、能記と所記の関係は恣意的でなければならない。


杉浦 滋子「英語における恒常的、一時的、存在提示的述語について」

英語の形容詞に、individual-level のものと stage-level のものがあるのは良く知られているが、本稿では、後者の典型とされてきた be available を含む少数のものは、存在提示的(existential)と名付ける別の類に含めるべきだと主張する。ほかの形容詞が主語の存在を前提としているのに対して、これらは、主語の存在を提示するという性質をもつ。このことを証拠だてる文法的、およびイントネーション上の事実を示す。


川村 三喜男「オランダ語と日本語における<離脱>の表現」

接頭辞weg-をもつ移動動詞を述語として形成されるオランダ語の<離脱>を表す文は、それに対応する<不在>を表す文をもつものと、そうでないものがある。後者においては、運動体Xと場所Yとの離脱前の関係が、単に空間的であるのに対して、前者においては、両者がACTOR-SCENEの関係にある。この対立は、日本語の<起点>を表す"カラ"と"ヲ"を意味的に区別する要因の一つとなっている。


松森 晶子「下降式アクセントの由来と四国東北部諸方言の系統 −3モーラ語第5類の2種の音調型をもとにした考察−」

香川県西部の諸方言で、3モーラ語第5類が--○と-○○○という2種の音調型で出現することは、この地域の下降式アクセント--○が、*-○○-○という音調型からダウンステップによって生じたとする仮説を支持する一つの根拠となることを論じる。また、真鍋系と讃岐系両者の3モーラ語第5類が2種の音調型を持ち、それぞれの音調型の所属語彙がほぼ対応する点から、讃岐系と真鍋系アクセントは、通時的に同系統であるという説を提示し、その3モーラ語の祖形を再建する。


児玉 望「ドラヴィダ語からの構造的借用:カーサラゴード・カラーディ語他の南インド・コミュニティー言語の場合」

本稿では、ドラヴィダ系言語に囲まれた移民コミュニティーにより維持されてきた、インド・アーリヤ系言語であるカーサラゴード・カラーディ語を取り上げ、その特徴のいくつかを、他の南インドのアーリヤ系コミュニティー言語の類似のデータと比較しながら提示する。筆者は、これらの特徴に関わる当該言語間の変異が、現在進行中のある一連の、従って比較言語学的手法が適用できそうな、変化の中間的段階であると見なしうることを示そうと試みる。


籾山 洋介「多義語のプロトタイプ的意味の認定の方法と実際」

多義語の複数の意味のうち、用法上の制約がない、あるいは相対的に少ないものをプロトタイプ的意味と認定するという、共時的なプロトタイプ的意味の認定方法を踏まえて、「遠い」等の「空間」と「時間」の両方の意味を持つ日本語の形容詞の多くは、「空間」の意味をプロトタイプ的意味として持つことを実証し、意味転用は「空間」から「時間」へ一方的であることを明らかにした。


佐久間 淳一「フィンランド語における文法格について」

フィンランド語には、いわゆる文法格の一つとして対格が存在すると伝統的に言われている。しかし、対格形は、単数では属格形と、複数では主格形と全く同じ形であり、従って、人称代名詞を除く一般の名詞に関しては、対格という範疇を設けるべきではない。一方、フィンランド語においては、属格の使用範囲が広く、属格は、文法格の一つとして、被所有物の所有者を表すばかりでなく、動詞が取る項の中で優勢な働きをする項をも表示することができる。


水野 正規「現代モンゴル語の従属節主語における格選択」

現代モンゴル語では、従属節の主語は、非文法的とはいえない範囲で、主格形・属格形・対格形で現われ得る。この3つのうち、どの格が選ばれるかについては、(A) 句どうしの結び付きやすさ、(B) 節の性質、(C)2つの主語の対比度、(D) 格衝突の回避、(E) 曖昧な解釈の排除、が関係している。本論の筆者は、一人のインフォーマントの内省報告から得られたデータを示すことによって、その格選択における選好順序について、説明を試みている。


加藤 重弘「日本語形容詞の意義特徴について」

日本語の連体修飾においては、「X-な」が段階的な形容を表し、「X-の」が一定範疇にあることを表していると考えられる。これは、「X-だ」となるときにどういう修飾成分が来るかということとある程度連関している。そして、「な」と「の」の出現は、話者の認知を反映して変わりうる。いわゆる形容動詞の語幹が「X-に」という形式で様態の副詞として機能するとき、それは自己意志による制御が可能でなければならないという仮説を提出する。


菊澤 律子「フィジー・カンダブ島ワイレブ方言の海洋生物の名称:中間報告」

フィジー・ワイレブ方言の魚類並びにその他の海洋生物の名称のリスト、その学名(属名)による索引、民間分類の一部を示す。


野島 本泰「ブヌン語のvoice」

ブヌン語の動詞には、「他動詞的な状況」を表す形が2つある。1つは、接辞ma-などを含む Agent Voice (AV) form で、もう1つは接辞-unなどを含む Patient Voice (PV) form である。主節で主動詞として用いられている動詞の voice は、状況が明確な「終端」をもったものと見なされている場合はPV、「終端」が問題にされていない場合はAVとなる。


目次へもどる

トップページへもどる