by hkum

言語学論集21号 論文要旨


上野 善道「日本語におけるアクセント対立の発生」

これまでの日本語アクセント史の研究は、祖語にあったと想定される区別が時間とともに合流する過程を扱ってきた。しかしながら、合流とは反対に、元なかったアクセント対立が新たに生ずることがある。そのプロセスを奄美諸方言と鹿児島県黒島大里方言を例に考察する。明らかになった新対立の発生条件は、次の3つである。

  1. 分節音の融合、
  2. 分節音の音声属性、
  3. 形態素の融合

1.では語頭2モーラの融合で生じた語頭長音節の短母音化が、2.では語頭子音の有声/無声の別と喉頭緊張化音が、3.では継続相を表わす「〜て居る」の融合が、それぞれ関与している。


陳 南澤「日本語における子音の変遷について −朝鮮資料の音注を中心に−」

本稿では、朝鮮資料(日本語学習書と日本紀行資料)の音注の分析を通して日本語の子音の変遷を考察する。これまで日本語の音韻史研究に『捷解新語』を中心とする日本語学習書のハングル音注が用いられてきたが、その解釈は多様であった。本稿では、朝鮮時代の日本語学習書の他に、15世紀から18世紀までの11種の「日本紀行資料」に現れる地名のハングル(あるいは漢字)音注表記を分析し、その結果、日本語の子音における変化の様子を詳しく見ることが出来た。また、この分析により、『捷解新語』などの朝鮮資料の価値を再確立できたと考える。分析結果は次のようになる。

  1. 濁音の鼻音的要素の変遷過程をみると、15世紀には「ザ行・バ行・ダ行・ガ行」に鼻音的要素があったが、「ザ行・バ行(15-16世紀)>ダ行(17世紀)>ガ行(18世紀においても鼻音的要素がある)」の順に鼻音的要素が消失した。
  2. 15〜18世紀の「カ行・タ行」の清音は、現代東京方言のようなtenseの破裂音ではなく、例えばカ行は音声のレベルでは有声の[g]〜無声の[g]の範囲を実現するような音だった。
  3. 15世紀の清濁(カ行・ガ行・タ行・ダ行・サ行・ザ行)の対立は基本的に「非鼻音:鼻音」であった。
  4. ハ行の子音の音価は大体17世紀までに[ф]から[h]になった。
  5. 「チ・ツ・ヂ・ヅ」の破擦音化は15世紀末から16世紀半ばまでの比較的短い期間に進んだ。
  6. 四つ仮名は17世紀まで区別できた。
  7. 「ン」の音価は15世紀においても現代と同様であった。

李 連珠「韓国語大邱方言アクセントの音韻論的解釈」

本稿では、韓国語大邱方言のアクセント体系について、新たな音韻論的解釈を提示する。まず、N音節の名詞には、N+1個のアクセント型が存在し、アクセント核の有無と位置を示すだけで、すべてのアクセント型が予測できる。

名詞の曲用形、複合名詞の形成、派生名詞の形成など、名詞の語形成においては、「前部要素が語末核で、後部要素が有核の場合、結合形には後部要素の核が生きる」という有標のアクセント規則が働く。有標のアクセント規則の背後には、「句末核はない」というアクセント制約が働いている。

最後に、語形成におけるアクセント規則を適用し、漢語の各構成要素のアクセント型が予測できることを提示する。


河須崎 英之「中国で話されている朝鮮語の動詞アクセント」

中国吉林省で話されている朝鮮語の、動詞のアクセント体系を記述する。1音節語幹の動詞は、語尾がついた場合のアクセント交替の仕方により、5つに分類できる。2音節語幹の動詞はHL、LH、LLの3つ、3音節語幹の動詞は、HLL、LHL、LLH、LLLの4つのグループに分類ができる。派生接辞による派生動詞の場合は、LHH、HLHといった、アクセント上2単位と見ることができるアクセントが現れる。名詞+動詞の複合動詞では、基本的には前部の動詞によって全体のアクセントが予測できるが、やはりアクセント上2単位で現れる場合が多い。


芦村 京「モンゴル語ジャロート方言の"-lε:"の用法について」

本稿は、モンゴル語のホルチン方言の一つであるジャロート方言の"-lε:"の用法を記述・分析したものである。この"-lε:"という語尾は、格語尾・終止形語尾・副動詞語尾として用いられ、どれも「時」に関係した意味を持っているため、一見すると、一つの語尾のように見える。本稿では、その見かけ上のまとまりが、副動詞の持つ二重の起源に由来することを指摘し、現在では、別の語尾であるという結論を得た。


杉本 浩一「古英語West-Saxon方言の二重対格動詞」

本稿で扱うのは、古英語West-Saxon方言散文作品における、二重対格動詞(verbs with the double accusative) (ge)laeran 'to teach', (a-/ge-)biddan 'to ask for, pray for'および(ge-)ascian 'to inquire'である。これらの動詞は、先行研究において二重対格目的語をとる動詞の代表例としてあげられているが、テキストにおける実際の用例を調べてみると、いずれの動詞についても、その全用例数中に占める二重対格をとると解釈しうる例の割合は非常に小さい。また、これらの各動詞の用例のうち、ditransitiveな格枠組みのパターンをとる用例の中でも、特に、二重対格をとると解釈しうる用例には、いくつかの特徴的な点が見られる。


吉田 浩美「バスク語アスペイティア方言の動詞の単純形について」

バスク語には、一般的に「動詞の単純形」という形がある。本論考では、バスク語アスペイティア方言ではどのような動詞が「単純形」を持つか、また、形態と意味はどうなっているかについて記述する。


若狭 基道「ウォライタ語の-ett-派生形に関する覚書」

ウォライタ語(エチオピア、アフロアジア語族オモ語派)の-ett-を用いた派生形の用法を記述する。この派生形は、受身、相互を初めとする様々な意味を表す。この派生形の意味に関して、幾つかの場合に、(a)主語の表すものが、影響を受ける参加者である、(b)その参加者に対する影響の原因がその参加者自身には由来しない動作である、の2つの傾向が指摘できる。


上野 善道「見島方言のアクセント調査報告」

山口県萩市見島方言の用言アクセント調査の第1報として、動詞・形容詞約1500語について、その基本形と過去形のアクセントを報告する。動詞は、I・II動詞からII動詞、II・III動詞まではアクセントが2種類に分かれる(II・III動詞は過去形のみの区別)。III動詞以上になると、単純動詞のアクセント型はB型の1種類だけで、一定の構造を持つ複合動詞と強意動詞にのみ別のA型が現れる。形容詞は、語形の長さを問わず有核型の1種類しかない。


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