by mrw/w

言語学論集24号 論文要旨


アイシェヌール テキメン「『やりもらい動詞』と視点」

 「授受動詞」とも名づけられている「やりもらい動詞」の基本動詞である「あげる(やる)、くれる、もらう」は「やる」意と「もらう」意以外にも補助動詞としての機能を持ち、付く動詞が表す動作の方向を示すことによって恩恵関係を聞き手に伝える働きをする。これらの基本動詞にはさらに敬語の形(差し上げる、くださる、いただく)も存在するため「やりもらい動詞」は複雑な仕組みを持つと思われがちである。しかし、「やりもらい動詞」においてもっとも難しいのはこれらの動詞における視点の捉え方である。
 本稿では「やりもらい動詞」の自然使用および視点の捉え方に影響する諸ファクターを例文を用いて明確にすることを目的としている。


江畑 冬生「サハ語(ヤクート語)の接尾辞付加における交替」

 サハ語(ヤクート語)は膠着的な形態特徴を多く持つ言語であり、語形成や語形変化の手段としては主に接尾辞が用いられる。接尾辞は、語幹の分節音や音節構造に従い交替する。また、接尾辞付加の際、語幹が交替することもある。接尾辞および語幹の交替は概ね規則的に行われるが、複数の規則が同時に働いている場合もあり、見かけ上は複雑である。このような交替を簡潔に記述するには、接尾辞に関する規則と語幹に関する規則とに分けること、および、語幹を5種類に分類することが必要である。本稿で示した交替規則および語幹の分類は、形態素分析の際にも有効である。


蝦名 大助「クスコ・ケチュア語の動詞名詞化形に付く主語人称接尾辞の解釈」

 クスコ・ケチュア語では定動詞に主語人称接尾辞が付き、行為の主体の人称を表す。主語人称接尾辞は、動詞が名詞化された形(動詞の名詞化形)に付いても、ふつう主体の人称を表す。また名詞に付くと所有者の人称を表す。しかし名詞化形の一つである -q 形の場合に限り、主体の人称を表さない。行為の対象が人間の場合には対象の人称を、そうでない場合には所有者の人称を表す。名詞化形において人称接尾辞が所有者の人称を表すのは、-q 形の場合に限られる。このことから、-q 形は他の名詞化形に比べてより名詞に近い性質を示すと考えられ、統語的にもこれを支持する振る舞いの違いが見られる。


アルカディウシュ・ヤブオニスキ「待遇情報とコミュニケーション階層モデル」

 国語学・日本語学関係の研究は、以前から敬語・敬語表現・待遇表現・言葉遣いなどを問題にしてきた。それらの諸概念を、小論では、総合的に待遇情報 (honorific modification - HM) として扱う。待遇情報とは、従来の「敬語論」が定義する、「敬意を表す」あるいは「人を立てる」目的で発言内容に含まれる/追加される情報(だけ)でなく、情報伝達過程(コミュニケーション)に不可欠なメッセージ内容である。待遇情報は言語の情報伝達管理補助組織であり、メッセージの下層(非情報部分)として上層(情報部分)に奉仕する組織であると考えられる。


姜 英淑「韓国語の東部慶尚南道方言のアクセント体系」

 本論文は、慶尚南道のうち、東部慶尚南道方言のアクセント体系について考察する。その内、密陽方言、三浪津方言は n+2 個の対立数を持っており、咸安、宜寧、馬山、鎮海、金海、梁山は3音節語までは n+2 個、4音節語以上では n+1 個の対立数を持っていることを述べる。これらの方言はアクセント核の性質を持つアクセント型と語声調の性質を持つアクセント型が存在し、二つの基準を持つアクセントが与えられていると見る。


児島 康宏「望ましくない事態を表す条件文 ―― 現代グルジア語の tu 条件節における完了形 ―― 」

現代グルジア語において、接続詞 tu に導かれる条件節の中で、完了形が仮定された未来の事態を表すことがあることが知られている。本稿ではそのような条件文の意味的・語用論的な特徴を論じた。条件節が仮定された未来の事態を表す場合、条件節の完了形は相対時制を示すと分析され、条件文の発話は「脅し、警告、禁止」と呼べるような発話行為となる。また、その際、条件節で表される事態は、話し手にとって望ましくないものである。


李 文淑「全羅南道光州方言の音調について」

 本稿は、光州方言が持つ音調的特徴を明らかにすることを目的とする。当方言は、第1音節と第2音節で語全体のアクセントが決まる特徴を持つ。
 また、アクセント体系に三つの音調型が現れるが、語頭子音や語頭の母音の長短によって著しい偏りが見られる。また、4音節以上になると音調変化によって音調型の合流が起こるが、音調型の合流は分節音の条件によって異なる。


三村 竜之「デンマーク語 schwa の音韻論 ―― 特に Stød-sandhi との関連から ―― 」

本論考では、デンマーク語におけるあいまい母音 (schwa) の音韻論的な位置づけについて考察する。Schwa は、その分布から独立の母音音素として設定される。デンマーク語において schwa と完全母音を音韻論的に区別するこの解釈は、名詞単数定形語尾 -en と -et の付加に伴う stød の付与が、語幹末母音に schwa を有する場合は起こらないという事実から、その妥当性が裏付けられる。


孫 在賢「韓国語大邱・慶州方言の用言のアクセント」

 本稿は、韓国慶尚北道に位置する大邱方言と慶州方言の用言のアクセントについて考察したものである。両方言の用言は、体言と同様に単語レベルにおける相違は見られるものの、同じアクセント体系や仕組みを持っていると解釈される。
 用言は語幹単独では使われず、必ず語尾と結合して活用して用いられる。本稿では、その活用時におけるアクセントのパターンを整理し、用言のアクセントは語音・音節構造が相互作用していること、そして正則・変則という活用タイプがアクセントの指定に深くかかわっていることなど、用言におけるアクセントの特徴を明らかにする。


上野 善道「日本語方言のアルファベット関連語彙のアクセント」

 日本語のいくつかの方言におけるアルファベット名、アルファベット複合語、およびアルファベット頭文字語のアクセントを調査・考察して次の結果を得た。
 [1] 鹿児島県を中心とする九州の2型アクセントでは、アルファベット名をすべてA型で取り入れる方言と、音節数によって分かれる方言とがあり、後者における例外にも方言差がある。[2] 鹿児島県吹上町方言の頭文字語には多単位形が多数現れ、一部の音調型解釈にサンディー型の設定が必要になる。[3] 香川県伊吹島方言の頭文字語は低起上昇式で最終文字名の第1モーラに核をもつが、最終文字名が2音節2モーラの場合は単語の長さにかかわりなく無核型も併用される。無意味語として発音すると下降式有核型になる。[4] 岩手県雫石町方言のアルファベット複合語は、数詞と同様、その前部要素のアルファベット部分に核がくる点に特徴がある。


許 永新「日本語自動詞におけるヲ使役とニ使役の実証的研究」

 多くの先行研究では、日本語自動詞の使役構文において、ヲ使役が強制的で、ニ使役が許容的であるとされてきた。筆者は大規模なデータベースに基づき独自に調査をした結果、第一に、ヲ使役が多くニ使役が少ないという使用頻度の大きな差があることを明らかにした。第二に、それらの例文をそれぞれ詳細に検討し、先行研究が指摘するような強制と許容の違いはないことを示した。第三に、ヲ使役とニ使役は完全に同じではなく、強制のケースにおいて被使役者に意志性が問われる場合は、ヲ使役が適格で、ニ使役が不自然であるということを主張した。


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