by hkum

言語学論集27号 論文要旨


長谷川 明香「味覚語『甘い』と sweet にみるメトニミー」

日本語の「甘い」と英語のsweetは、第一義的には味を表す語であるが、慣習的に他の五感などを特徴付ける場合にも拡張して用いられる。本稿ではそれらの用法の中でメトニミーとして捉えられるものに関して分析する。食べ物のにおいを指して共感覚表現として使われるメトニミーは、食べるという味覚と嗅覚が表裏一体となった複合的なドメインの中で意味焦点のシフトが起こったために成立したものと考えられる。また、心地よい気持ちにさせている対象から心地よい気持ちにさせられている人に意味の焦点が移っている例も見られる。この種のメトニミー拡張に見られる「心地よい気持ちにさせる」と「心地よい気持ちにさせられている」という二つの意味は、知覚の主体と対象とが一体となったドメインの中で関連付けられるものだと考えられる。


早田 清冷「満州語の動詞 ili- 『立つ』と naka- 『やめる』について」

『満洲實録』中の満洲語の動詞ili-とnaka-の用法を比較しその違いについて報告する。ili-は「立ち上がる」、「移動を停止して留まる」の二つの意味で用いられる自動詞である。naka-は「動きが中断する・動きを中断する」の意味で用いられる自他両用の動詞である。


今西 一太「アミ語の三項動詞」

アミ語の:

  1. pakafanah 「教える」、
  2. panegneg 「見せる」、
  3. pafli' 「与える」、
  4. fli' 「与える」、
  5. pacaliw 「貸す」、
  6. caliw 「借りる」、
  7. pa'aca' 「売る」、
  8. 'aca' 「買う」

の8つ動詞を検討し、これらを生産的使役~三項動詞~二項動詞の連続体の中に位置づける。統語的な観点より、動詞1~5は三項動詞、6,7,8は二項動詞である。形態的な観点より、三項動詞の中でも1は生産的な使役に近く、二項動詞の中でも6は三項動詞に近い。結果として、以上の動詞は「生産的使役~1~2,3,4,5~6~7,8二項動詞」という連続体を為す。三項・二項の区別は「受け手など」名詞句の意味的重要さの違いに起因すると考えられる。


岩崎 加奈絵「ハワイ語民話テキストにおける所有形の使用」

ハワイ語における所有形はk-/ø-/n-の系統と、O/Aの系統の2つの軸に基づき、所有者の人称によって様々な形で現れる。本稿では民話テキスト3篇を対象として所有形使用例を抽出し、所有形を使用しうる「所有者―被所有物」の間の意味関係を整理した。その際、まず被所有物になるものが動詞的性格を持つか否かに基づいて区分し、その後各々が取り結ぶ意味的関係に注目して更に下位区分を設定する方法を取った。また、さらにそれらと諸形態、特にk/ ø-styleの使用規則との間の相関関係の有無について先行研究の妥当性を含め検討したが、決定的な相関は見られなかった。


ラーシュ・ヨハンソン「古代チュルク語の地域性、年代、時代区分、変種、接触、機能性についての覚え書き」

本稿では古代チュルク語のいくつかの問題、すなわち地域性、年代、時代区分、接触の歴史、機能性について簡潔に述べる.新たなデータを提示するのではなく、すでに知られている事実に基づくもので以前の著作において議論されてきた考えをまとめる.


鍛治 広真「エウェン語における色彩に関する語彙」

本論文はエウェン語における色彩を表す語を扱ったものである。エウェン語の母語話者の協力の下に行った調査の結果を考察し、基本的色彩語の認定を試みる。基本的色彩語の焦点色は話者間で一致する傾向が見られる。また、エウェン語とロシア語との色彩語彙体系の対照も行った結果、同一話者のエウェン語とロシア語の焦点色も対応関係が見られた。また、エウェン語で空き間になっている範囲は、ロシア語と照らし合わせると、一つの範疇と見なすことができる。


神庭 真理子「日本手話の動詞における人称表示」

日本手話の動詞は、手の動きの方向を変えることで、動詞によって表される事態に関わる人称を示すが、必ず人称に一致するわけではなく、二人称または三人称と考えられる場合に一人称標示が用いられることがある。本研究ではこの形式を非一致形式と呼び、インタビュー調査のデータに基づき、動詞ごとに非一致形式の出現度が異なること、具体的な物・人の移動や存在を示す動詞の場合、非一致形式が起こりにくいことを明らかにする。このことから、非一致形式では動作者または被動作者に、一致する形式では動詞によって示される物・人に焦点が当たっていることを主張する。


三村 竜之「デンマーク語モーラ説の批判的考察」

近年のデンマーク語音韻論では、音節に加えてモーラも必要であると主張されている。本研究では、音節はすべての言語に必要な単位と見るが、一方モーラは、もつ言語ともたない言語があり、当該言語の音韻現象を説明する上で必要ならば設定するという立場をとる。

この前提に立ち、Hans Basbøllのモーラ説や近年の音韻理論におけるモーラの概念を批判的に検討し、以下の二つの問題点を指摘する。

  1. モーラ設定の原理が一貫性を欠き、論証に不備が見られる。
  2. モーラによって"優れた"説明が可能となるとされる現象が、モーラなしでも説明ができ、そのためモーラの持つ説明力と存在意義が乏しい。

以上の二点から、本研究では、デンマーク語においてモーラは不要で、かつ設定し得ない単位であると結論づける。


永澤 済「日本語『変化自動詞』の<語レベルでの存立原理>と<文レベルでの使用条件>」

「変化自動詞」と名付ける日本語自動詞の一群(例「上がる」、「入る」)に着目し、「腕が痛くて手が上がらない」、「お茶が入りましたよ」のように、主語に立つものとは別に意図をもってコントロールしているはずの動作主がいても、自動詞を使える場合としくみについて考察する。まず、変化自動詞のもっとも基本的な<語レベルでの存立原理>として、<他からのコントロールなしに成立する変化を表す語として存立する>という点を明らかにする。次に、実際の用例を検討し、特に、他からのコントロールがあっても表現上は変化自動詞が使える場合について、それがいかなる条件下で可能となるかを分析し、<文レベルでの使用条件>を、<「当該の変化が他からのコントロールなしに成立する」ものとして、あるいは、そのように見立てて述べる場合に用いられる>とする。そして、文レベルでの種々の用法は、<語レベルでの存立原理>をいわば利用することで成立していることを示す。ときに変化自動詞文と競合する可能文や受身文との本質的な違いも、この性質に帰することができると結論する。


嶋田 珠巳「アイルランド英語 be after V-ing の表現効果 ― have 完了との対立を中心に ―」

アイルランド英語のbe after 形式 (e.g. I'm after cleaning your room.) は「ホットニュース完了」とよばれることが多い。本稿ではその「ホットニュース」の内実を明らかにしつつ、be after形式に関して、おもにプラグマティクスの面から検討する。Have 完了と機能おいて対立のあらわれる観察事実を示し、be after形式の性質と表現効果について考察をまとめる。


安達 真弓「ベトナム語指示詞đây, đó, kiaの直示用法と照応用法 ― 日本語指示詞との対象を基に ―」

本稿では、ベトナム語の指示詞đây, đó, kiaの直示用法と照応用法について、日本語の指示詞と対照させながら分析した。その結果、以下のようなことが明らかとなった。

  1. 近称のđâyは、話し手の身近にあるものを直示する。また、前後の文脈に言語的に導入された先行詞を指示することができ、不特定の対象を承けることもできる。
  2. 遠称のkiaは、話し手から遠くにある可視的なものを直示する。đâyと対になって、「もう一方」という意味で使われることがある。kiaは照応用法を持たないが、記憶(話し手の直接経験)の中にある対象を指示することがある。
  3. 中称のđóは、話し手から離れた所にあるものを直示し、発話の場において可視的でないものも指示できる。その際、必ずしも聞き手の存在が基準となっておらず、中距離を指示するわけでもない。対象は話し手にとって疎遠なものであるという直感があり、“疑問詞+đó”という形で曖昧なものも指示できる。多くの場合、対になるものを想定する必要はないが、人称代名詞のように用いられる場合は、đâyが話し手を、đóが聞き手を表すことがある。また、典型的な照応用法と記憶指示用法を併せて持っている。

林 徹「トルコ語指示詞şuの特徴」

トルコ語には bu, şu, oとその派生語からなる3系列の指示詞がある。buはいわゆる近称、oはいわゆる遠称の指示詞であるが、şuについては、話し手からの距離、聞き手への近接性、ジェスチャーの随伴、聞き手の無自覚、話し手と聞き手の共通認識など、さまざまな説明が試みられてきた。本稿では、これまで指摘されてきたşuの特徴を結びつけ、統一的で単純な説明を可能にするために、şuが時間的近接性を表す指示詞であるという仮説を提案する。


孫 在賢「韓国語密陽・昌寧方言のアクセント資料」

韓国語諸方言のうち、最多のアクセントの対立をもつ慶尚南道の密陽市(Miryang-si)方言と昌寧郡(Changnyeng-gun)方言のアクセント調査の第1報として、単純名詞1134語のアクセント資料を揚げる。密陽方言と昌寧方言は、慶尚南道の中で、慶尚北道に接する地域である。


上野 善道「沖永良部島方言語彙のアクセント資料(8)」

標準語で作ったの調査語彙リストではカバーし切れない方言語彙のアクセントをも明らかにしようという目的のもとに行なっている「方言集に基づくアクセント調査研究」の報告の一つとして、奄美方言に属する、鹿児島県沖永良部島和泊町皆川方言の4音節語875語のアクセントを示す。


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