by nyam

言語学論集28号 論文要旨


安達 真弓「ベトナム語指示詞の直示用法における聞き手の位置と 記憶指示用法のkiaについて」

ベトナム語は三系列の指示詞を持つと言われている。先行研究においては、直示用法の分類基準として、話し手及び聞き手と指示対象の距離が挙げられることが多く、また、記憶の中の対象 を指示する場合は中称のđóが用いられるとされていた。本発表では、小説の用例に基づき、

  1. 直示用法において、話し手が対象を(物理的・心理的に)近いと感じているか遠いと感じ ているかが重要であり、聞き手の位置はその使い分けに大きく影響しないこと、また、
  2. 遠称のkiaにも記憶指示用法があり、đóは話し手が疎遠だと感じている対象を指示するの に対し、kiaは話し手がよく見知っている対象を指示することを主張する。


邊 姫京「41府県にみる狭母音無声化の世代差と地域差」

全国規模で収集された音声資料「全国高校録音調査」(1986~1988年度)の2世代(高年層と若年層)の分析結果をもとに,狭母音無声化の世代差と地域差について考察を行った。多くの地域で若年層の無声化生起率は高年層より高い。しかし,世代間の無声化生起率の差は地域により異なり,若年層において無声化の地域差は依然として存在する。
無声化の生起には世代,地域を問わず共通した特徴が見られ,後続母音が狭母音の場合は非狭母音の場合より無声化が起こりにくい。一方,従来無声化生起の阻止要因としてあげられていた東北における無声子音の有声化,近畿における東京とのアクセント型の違いは,前者は若年層において有声化がほとんど見られないこと,後者はLHの場合でも無声化が少ない地域があることから,必ずしも無声化の阻止要因ではないことが確認できた。


長谷川 明香「英語における味覚表現の意味特徴」

英語における味覚を表わす動詞tasteを用いた文の特徴を、中間構文や他の知覚動詞の現れる構文との関連から検討する。そして、味覚の動詞tasteの振る舞いは、(i) 積極的に働きかけることによってその知覚が得られること、(ii) 味の知覚によって発見されるのは飲食物全体でなくその要素であること、という味覚の典型的な特徴から動機づけられたものであると結論付ける。


早田 清冷「満洲語のbibimbi について」

『満漢詩経』の満文(1654 年序)を資料として、満洲語の動詞未完了終止形bi とbimbi について分析した。bi は状態動詞と考えられる。存在を表す形式としては無標である。bimbi は存在が一時的であるときにのみ用いられており,「存在を開始しその状態を続ける」ことを表す動作動詞であると考えられる。存在を表す形式としては有標である。


堀田 浩司「三宅島坪田方言の名詞アクセント体系」

坪田方言の名詞アクセントの型の数はn拍名詞でn+2(Pn=n+2)である.アクセント核は「昇り核」であり,名詞の各拍と最終拍の次の拍に立ちうる.最終拍の次の拍に核がある型を「はみだし型」と呼ぶ.
「はみだし型」の核は「仮想の拍」にあり,例えば3拍名詞のはみだし型「コトバ」(言葉)は,/コトバ[()/となる.「コトバ」に格助詞が続くとその場所で上昇し(コトバ[ガ,‘ [ ’は音調の上昇),副助詞が続くと上昇が1つ前にずれて実現する(コト[バモ).


今西 一太「アミ語の名詞標示と代名詞体系」

アミ語には名詞句の文の中での情報構造や意味役割を示す標示が6つある。(1)文の述部を表示する「述部標示」(predicative)、(2)文の主題(話題、旧情報)を示す「主題標示」(topicative)、(3)所有者、動作主、経験者などを表示する「属格」(genitive)、(4)被動者、対象、受取人、場所、時間、程度などを示す「対格」(accusative)、(5)場所と方向を示す「場所格」(locative)、(6)起点を示す「奪格」(ablative)、の6つである。代名詞には以下の範疇がある。(1)述部および主題を標示する「述部主題表示」(predicative/topicative)、(2)所有者、動作主、経験者などを表示する「属格」(genitive)および「所有格」(possessive)または双方の役割をもつ「属・所有格」(genitive/possessive)、(3)被動者、受取人などを表示する「対格」(accusative)および「場所格」(locative)である。属格と所有格の区別は一人称単数、二人称単数、一人称複数包括形のみであり、その他の数・人称の場合は属・所有格一つの形のみしかない。


児倉 徳和「シベ語の補助動詞ila-について」

シベ語において動詞ila-「止まる」は、補助動詞として形容詞・動詞に後続して用いられる。本論文ではまず補助動詞のila-の意味機能を、アスペクトの観点から「一時的状態」ないし「進行中の動作」を表すとした上で、さらにこれらの「一時的状態」、「進行中の動作」が話し手によって知覚されている必要があることを主張する。そして、シベ語においては、補助動詞によって話し手と事態の関係が体系的に標示されることを示す。


荻原 裕敏「トカラ語A «Puṇyavanta-Jātaka»に於ける阿含経典の引用について」

トカラ語A1-17は、«Puṇyavanta-Jātaka»と称され、トカラ語A写本中、最も保存状態の良好な、連続した写本として知られている。これらの写本は、TochSprR(A)にtransliterationが公表されて以降、季羨林(1943)、E. Sieg (1944)、George S. Lane (1947)などの研究が、既に存在しており、長い研究の歴史があるものの、この写本には、未解決のまま残された問題も多い。本稿では、このトカラ語A«Puṇyavanta-Jātaka»に引用された韻文(A3a2-4a1=THT636a2-637a1)の平行異本(パラレル)が、サンスクリットŚikhālaka-sūtra、及び、漢訳「雑阿含経」1283経などに見出される事を論証するとともに、パーリ仏典も含めて、これらを比較対照する事により、この韻文が、根本説一切有部系の阿含経典より引用されたと推定される点について論じる。


大角翠、辻笑子「ティンリン語、ネク語の動詞構造とイベント分類的接頭辞」

本論文は、ニューカレドニアの先住民語であるティンリン語、ネク語の動詞接頭辞と動詞構造について考察したものである。この動詞接頭辞(イベント分類的接頭辞)はある結果状態をもたらす「原因」となるイベントを表し、特定の動詞語根と結合することによって、非常に詳細で複雑な意味を持つ動詞を派生する。
本稿では、これらのイベント分類的接頭辞を文法、意味、機能の観点から考察し、その連続した意味体系を明らかにする。さらに、この動詞接頭辞が付加できる動詞語根の意味特徴を分析し、一連の複合的な出来事を表す動詞を派生するプロセスを提示する。


大塚 行誠「ティディム・チン語における方向接頭辞óŋ- be after V-ing の表現効果 ― have 完了との対立を中心に ―」

ティディム・チン語の方向接頭辞 óŋ- は、話し手や聞き手に向けた空間移動の方向や状態の変化を表すだけでなく、他動詞文や使役文において文中の目的語(意味役割としては、動作対象や被使役者などを表す項)が話し手または聞き手である場合に、方向接頭辞 óŋ- を動詞に接続する。このような文法的特徴は、同じチン語支の中でも中部チン語群の言語には見られず、チン語支諸語の多様性を示している。


上野 善道「服部音韻論の再評価」

現代の音韻論は,伝統的な用語で言えば形態音韻論におけるさまざまな規則性の追究を特徴としている。しかしながら,その表層表記は種々のレベルの入り交じった不統一な表記にとどまり,結果として,せっかくの考察が無駄を含む中途半端なものになっていることが少なくない。服部四郎の共時音韻論は,表層の音形を最も合理的な形に解釈して確定することを目指したものであった。出力形として最適の形である。それを今日の観点から再評価し,活かすべきものは活かすことが今後の音韻論の発展のために必要なことと考える。この観点に立って,私なりに捉えた服部共時音韻論の特徴・特長と問題点を論じ,併せてその問題点に対する私自身の立場も明らかにすることにしたい。


許 永新「日本語における有対他動詞と有対自動詞使役形の使い分け」

本稿では、コーパスを使って有対他動詞と有対自動詞使役形の使用状況を考察した。用例の数では、有対自動詞使役形より有対他動詞のほうが圧倒的に多いことが分かった。そして、使い分けにおいては、従来の分析の問題点を指摘し、使役主の被使役者(または事態)に対するコントロール及び被使役者の自発性という観点から二者の使い分けの仮説を打ち出し、従来の説と比べるとより多くの用例を説明できることを示した。


林 徹「トルコ語指示詞の選択における話者の判断のばらつき」

トルコ語には bu, şu, oとその派生語からなる3系列の指示詞がある。どの指示詞を選択するかを質問したアンケートのデータを使い、回答がひとつにまとまる場合とばらつく場合を整理した。その結果、話し手や聞き手のいる場所、話し手の手にあって話し手・聞き手双方の注意を引きつけている対象は、指示詞の選択において大きな影響力を持つことがわかった。また、話し手や聞き手がそれについて説明しつつ話題に導入した対象であることも、o 系列の指示詞を選択する条件のひとつと考えられる。一方、話し手の記憶内の対象や、現場にあって見えているが話し手・聞き手の双方から離れている対象を指示詞が表す場合、回答者が選んだ指示詞は、3つの系列の間でばらつくことがわかった。


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