by mish

言語学論集31号 論文要旨


鄭 光「<蒙古字韻>喩母のパスパ母音字と訓民正音の中声」

元の世祖フビライ・ハンの時代に制定されたパスパ文字は、170年あまり後に朝鮮で制定された訓民正音に多大な影響を及ぼした。パスパ文字では中国音韻学における伝統的な36字母の1つ1つに対応する33の記号を作り、子音を表記するための文字とした。この36字母の表は1308年に刊行された『蒙古字韻』に収録されており、我々はそれによってパスパ文字とその音価を知ることができる。この韻書は元代における漢字の中国語標準音をパスパ文字によって表したもので、元代の刊本を清代の乾隆年間1736-1776年に筆写した現存唯一の写本が大英図書館に所蔵されている。

パスパ文字の母音字については、これまで学界において正確に把握されてこなかったが、本稿では『蒙古字韻』の36字母の末尾に付された“此七字歸喩母”という記録から、ここに見られる“”の6字に、喩母‘)’を加えた7字が母音字として作られたものではないかと推定した。この韻書の15韻によると、これらは‘[i],[u],[iŭ, ü],[o],[eŭ, ö],[ε]’及び喩母の‘)[ɑ]’を表し、中世モンゴル語の前舌母音 /i, ü, ö, ε/ と後舌母音 /u, o, ɑ/ を文字化したものと考えられる。中世モンゴル語では、/ü, ö,ε/ と /u, o, ɑ/ が母音調和において対立し、[i]は常に中立的である。

朝鮮の訓民正音における11の中声字では、4つの再出字を除くと、単母音を表記する7つの文字が制定されている。これはパスパ文字の喩母字、つまり母音字をそのまま取り入れる形で、基本字3つ、初出字4つ、計7つの単母音を文字化したものと考えられる。また、中世モンゴル語と同様に、訓民正音でも /•[ɔ],ㅗ[u],ㅏ[a]/ と /ㅡ[ö],ㅜ[ü],ㅓ[ä]/は母音調和において互いに対立しており、/ㅣ[i]//は中立的である。中世モンゴル語と朝鮮時代の韓国語がこのように母音体系上の共通点を持つことは、やはり文字の影響と考えられ、その意味において訓民正音の中声字はパスパ文字の影響を受けて制定されたものと考えられる。

この他にも、訓民正音の欲母[ㅇ]はパスパ文字の喩母[, ]のように独自の音価を持たず、その母音が成節性[+syllabic]を持つことを表示するものであるため、これもまたパスパ文字の影響によって制定されたものと考えられる。


早田 清冷「『満文三国志』満洲語における三人称代名詞の単数形と複数形について」

満洲語の三人称代名詞の,所謂単数形 i と複数形 ce について『満文三国志』(1650 年序)を資料として分析を行った。以下の三点を指摘する。


HIRASAWA, Shinya “On the Joint Sense of the English Preposition by

The present paper is part of an attempt to capture a complete picture of the polysemous network of the English preposition by. The main objects of analysis are two constructions exemplified in Susan grabbed John by the arm and Susan bound John to a chair by a rope respectively. In the first construction, by serves to introduce an entity that is part of the patient. The agent can physically control the patient by handling the part, which functions as a joint between the two entities. In the second construction, by serves to introduce a bridging entity such as a rope, string or actual bridge that functions as a joint between two entities. Through investigation of these constructions emerges the joint sense of the preposition. I argue that the two bys found in the constructions represent two distinct uses of the preposition, which carries the same meaning in both contexts. I also suggest that since the second construction is closely associated with such common usages as go by road and go by bus, the view taken here is likely to open up further avenues for exploring the polysemous network of by.


平田 秀「三重県鈴鹿市方言の後部3拍複合名詞のアクセントについて (2)」

鈴鹿市方言における後部3拍複合名詞アクセント規則は、以下のようなバリエーションがみられる:稲生地区では、高起式の場合、語末から数えて3拍目にアクセント核がおかれる (-③型)。低起式の場合、語末から数えて3拍目にアクセント核がおかれるものと、語末から数えて2拍目にアクセント核がおかれる (-②型) ものに分かれる。玉垣地区では、高起式・低起式に関わらず、語末から数えて3拍目にアクセント核がおかれるものと、語末から数えて2拍目にアクセント核がおかれるものに分かれる。-②型の出現は、平安期京都方言のアクセント規則が鈴鹿市方言において部分的に残存しているものと考えられ、玉垣地区のアクセント規則は、稲生地区と対照してより古形を強く保持していると言える。


HONKASALO, Sami “A Cognitive Approach to Character Formation in the Oracle Bone Script”

本研究では、現代漢字の現存最古の祖先である甲骨文字を研究対象に、甲骨文字の成立を認知言語学の観点から考察する。甲骨文字とは、殷代の中国で主に占卜の記述に用いられていた文字体系であり、その成り立ちにおいては既知の象形と仮借というメカニズムの以外に、メトニミーとシネクドキというメカニズムが働いていたと主張する。また、以上の四つの認知的なメカニズムは参照点構造で説明することを試みる。


ISHIZUKA, Masayuki “The Perfective Present and the Perfective Past in Lapurdian: a French-side Dialect of Basque”

バスク語に、完了現在 (perfective present: P-PRS) /完了過去 (perfective past: P-PST) という二つの動詞形式がある。これらは両方とも過去の事態に用いられる。先行研究では、完了現在は今日起きた事態を指し、完了過去はそれよりも前の事態を指すとされてきた。

この論文では、フランスで用いられていたラプルディ方言においては、これらの形式が今日起きた事態かどうかに関わりなく用いられることを指摘する。ラプルディ方言では、完了現在は口語的文脈で用いられ、完了過去は文章語的文脈で使われる。今日発生したことかどうかという基準は、従属節にのみ関与している。ラプルディ方言の完了現在をフランス語の複合過去と比較した際に見られる並行性から、これらの性質はフランス語の影響と考えられる。


岩崎 加奈絵「ハワイ語特殊動詞群の位置付けに関する考察 ―『理解しやすい』記述体系を目指して―」

ハワイ語は一般的に対格言語と見なされており、東部ポリネシア諸言語全体を見ても能格的な特徴を示すことは稀とされている。しかし、項の取り方に特徴がある特殊な動詞群・“loa‘a-type”が存在することも同時に記述されている。その項の取り方は能格的で、かつ、先行研究での扱いを見るとloa‘a-stative verb のように状態動詞の一部として扱われている。

本稿では、こうした動詞をハワイ語の文法記述においてどのように扱うべきか考察し、(1) 部分的能格性の存在を明記する必要はあるが、ハワイ語を accusative-nominative と定義しなおす必要はない、(2) 動詞の下位分類において状態動詞に含めず、行為動詞・状態動詞と並ぶ 3 つ目のクラスとすべきであると主張する。

なお本稿では、ハワイ語および言語学の研究コミュニティに属さない読み手にとっての理解しやすさを、言語事実の記述と両立させることを重視する。


三好 彰「『英和対訳袖珍辞書』の文法関係邦訳語の考察」

幕末に日本で最初に市販された英和辞書である『英和対訳袖珍辞書』に出ている文法関係の邦訳語と品詞の邦訳語には整合が取れていないのが散見される。それは本辞書の編纂者の英文法に関する理解が一様でなかったことを示している。そしてこれらの邦訳語が校正段階で改訂された状況を見ると、編纂者は英語力に差のある 3つのチームから成っていてリレー形式で連携しながら本辞書の完成度を高めて行ったと考えられる。


MOELJADI, David “Possessive Verbal Predicate Constructions in Indonesian”

インドネシア語の所有動詞述語構文について、その使い分けの条件や法則性、傾向(形態論、統語論、意味論の側面)を考察する。Moeljadi (2010)では、インドネシア語に8つの所有動詞述語構文(X memiliki Y, X mempunyai Y, X punya Y, X ada Y, X ada Y=nya, X ber-Y, X ber-Y-kan Z, and X Y-an) があると述べ、母語話者としての内省で分析し、レジスターと'(in)alienability'が所有を表わす動詞述語の使い分けに重要な役割を担っていると主張した。主に内省で分析したMoeljadi (2010)に対して、筆者は2010年及び2011年に調査を行い、より客観的に分析を試みた。その調査から得られたデータはクラスター分析で分析した。結論としては、(1)5つの構文(X memiliki Y, X mempunyai Y, X punya Y, X ada Y, X ber-Y)だけが所有構文として見做され、(2)X ber-Yは他の4つの構文に比べて、違う特性を持っており、違う所有物をとる。最後に、(3)所有者の人称による構文の違いが現れない。


永澤 済「漢語『‐な』型形容詞の伸張―日本語への同化―」

近代日本語における漢語の連体修飾形 3 種(「‐の」「‐なる」「‐な」型)の勢力分布の推移を調べた。漢語93 語を調査対象に、「‐の」「‐なる」「‐な」型のコーパス内出現数の年代推移を調べ、推移のパターンを 5 タイプに分けた。その結果、多数の語で、近代期に「‐の」型と「‐なる」型が衰退し、代わって「‐な」型が大きく伸張したことが明らかになった。特に、1917‐1925 年の区間に「‐な」型の増加率が飛躍的に高まったことがわかった。

注目されるのは、この 1917‐1925 年という年代区間である。これは「‐さ」型の漢語名詞用法の出現数が飛躍的に増加する時期と重なる。この時期、漢語は原初的な無標の名詞として用いられる段 階を脱し、多くが和語の接辞「‐な」や「‐さ」のような品詞のマーカーを具え、日本語への同化をより進めたものとみることができる。


中栄 欽一「参照点構造による数量詞の多義性の説明」

Someone loves everyone.のように複数の数量詞を含む文は多義性が生じる。この多義性は作用域の作用によるもので生成文法では一般に quantifier raising (QR) および c 統御により説明される。構造上、相手の数量詞を c 統御する位置にある数量詞は広い作用域を取ることができるから、数量詞を含む名詞句を LF(論理形式)において非顕在的に移動させることにより作用域に優劣を生じさせ、多義性を説明するものである。someone がeveryone を c 統御する位置へ移動すれば someone > everyone の解釈になり、逆であればeveryone > someone の解釈が得られる。この多義性は参照点構造を使って説明することができる。someone が参照点となって命題(ターゲット)を解釈すれば前者の解釈が得られ、everyone が参照点となると後者の解釈が得られる。数量詞の多義性をこの参照点構造で説明するためには、参照点を決定する際立ちとは何か、またどのように参照点が決定されるかが問題となる。これらの点に関し、2章および3章でスコープのヒエラルキーに基づいて多義性の判定方法を論じた久野・高見 (Kuno, Susumu and Takami, Ken-ichi 2002 Quantifier Scope) のエキスパート・システムをベースに検討し、この検討結果に基づき4章で参照点構造による数量詞の多義性解釈のメカニズムを提案する。また van Hoek (1995, 1997, 2007) は代名詞の照応関係を参照点構造により説明しているが、この場合の参照点となるための条件は数量詞の多義性の場合と比べ異なる点がある。5章でこの違いを比較検討してその理由を明らかにする。


中澤 光平「淡路島方言における動詞のアクセント体系の地域差」

淡路島方言のアクセント体系は,下げ核と高起,低起の2式から成る現代京都方言と同様の体系である。3拍2類の動詞は,淡路島北部では一般に高起無核型で現れるのに対し,中央から南部にかけて語頭の拍に核がある形で現れる。複合動詞は北部では無核型になるのに対し,南部では有核型のものが存在する。北部に見られる無核型は地理的に近い神戸市など京阪神のアクセントに,南部の有核型は四国の徳島市方言のアクセントにそれぞれ良く一致し,周辺地域との比較から北部では有核型から無核型への変化が起きており,それが神戸市などの変化と関係がある可能性を示した。


野田 高広「現代日本語の習慣相と一時性」

日本語の習慣文にテイル形が用いられる場合、テイル形はその習慣が一時的であることを表わすという説について検討を加える。ル形とテイル形の選択要因が時間的範囲の設定に求められ、さらに、「勤める」「愛用する」のような広義での習慣を表わしながらもル形を許容しない動詞群についても同様に期間設定から説明が可能であることを示す。


荻原 裕敏「トカラ語B«Udānālaṅkāra»に於けるAvadāna利用について」

西域北道一帯で流布した説一切有部の文献である«Udānavarga»に対する注釈として、トカラ語 B 仏典中には«Udānālaṅkāra»と呼ばれる文献が知られている。本稿では、このトカラ語 B«Udānālaṅkāra»に、『撰集百緣經』「長者七日作王緣」及び梵文«Avadānaśataka»所収の Rājā というタイトルで知られている Avadāna が引用されている点を指摘すると同時に、トカラ語«Udānālaṅkāra»の成書過程に関する筆者の仮説を提示する。


荻原 裕敏「『阿蘭那經』に比定されたSHT所収梵語断片について」

ドイツ所蔵梵語断片、SHT1324 + 1331 及び SHT1720 は、それぞれ SHT (VI)・(VII) で転写が出版された際、漢訳『中阿含經』「阿蘭那經」に比定された。本稿では、この梵語断片の新たなパラレルとして、『六度集經』「阿離念彌經」とトカラ語 B 断片の存在を指摘する。また同時に、これらのパラレルとの比較を通じて、この梵語断片に対応するトカラ語 B 断片の、トカラ語«Udānālaṅkāra»の成書過程に関する筆者の推定に於ける位置づけと、それを手がかりとして窺う事ができるトカラ仏教に伝えられたと推定される阿含経典の問題について検討する。


酒井 智宏「トートロジーにおける等質化概念の混乱とその解消―意味の共有をめぐる幻想―」

藤田 (1988) および坂原 (1992, 2002) に始まる等質化 (あるいは同質化) によるトートロジー分析はトートロジー研究の標準理論とさえ言えるまでになっている。この論文では、こうした研究で用いられている等質化概念が混乱に陥っていることを指摘し、その混乱が意味の共有という幻想に根ざしていることを論じる。等質化に基づく理論では、「P である X は X でない」と「P であっても X は X だ」が対立する場面において、「P である X」(p) が X であると仮定しても、X でないと仮定しても、矛盾が生じる。この見かけ上のパラドックスは、X の意味を固定した上で「p は X なのか否か」と問うことから生じる。実際には、この対立は「X の意味を p を含むようなものとするべきか否か」という言語的な対立であり、p の所属をめぐる事実的な対立ではない。そのように解釈すればどこにも不整合はなくなる。逆に、そのように解釈しない限り、不整合が生じる。「猫」のような基本語でさえ、話者の間でその意味が常に共有されていると考えるのは、幻想である。そしてこれこそが「言語記号 の恣意性」が真に意味していることにほかならない。


SASAKI, Mitsuya “Classical Nahuatl Locatives in Typological Perspectives”

古典ナワトル語には、場所詞が空間意味役割を特定しない (path neutrality) という特質がある。したがって、同じ形式が動作の着点を表すこともあれば、起点や位置を表すこともある。本稿では、こうした古典ナワトル語の空間表現の性質を意味類型論的観点から考察し、その類型論的帰結について論じる。まず、古典ナワトル語の空間表現体系を、Bohnemeyer らが “radically V-framed” であると主張しているユカテク語の空間表現体系と比較し、前者が “radical V-framed” な体系の例にあたらないことを指摘する。続いて、古典ナワトル語の空間表現体系を class-locative な体系と解釈することで、その特徴を適切にとらえることができると主張する。最後に、この言語内的分析がほかの言語の分析に応用できる可能性について論じる。


高山 林太郎「岡山県妹尾方言におけるジャとナの含意」

本稿では、岡山県妹尾方言の形容詞述語文において、いわゆる断定の助動詞「ジャ」(標準語の「ダ」に対応)といわゆる形容動詞語尾「ナ」が、順に「一時的/偶発的」「恒常的/本質的」という時間的限定性(Temporal Localization)に関する含意を有することを示す。


王 海波「満洲語三家子方言の使役構文における被使役者に関する考察」

満洲語三家子方言の使役構文には、語彙的使役と形態論的使役構文は見られるが、分析的使役は見られない。語彙的使役と形態論的使役のどちらにおいても、被使役者(causee)は統語論的に常に直接目的語であり、間接目的語などになることはない。語彙的使役では、causeeが主格標示をとる場合と対格標示をとる場合のどちらもあるが、形態論的使役では、causeeは常に対格標示をとる。また、causeeが対格標示をとることにより二重対格の現象が発生することがある。しかし、この現象は形態論的使役に限られる。


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