by mish

言語学論集33号 論文要旨


ジョージ・カルドナ “Developments of nasals in early Indo-Aryan: anunāsika and anusvāra”

初期インド・アーリア語の鼻音の発達についてはさまざまな議論がなされてきた。その主たる争点は、文法家パーニニやプラーティシャーキャ文献、シクシャー文献の著者がアヌナーシカとアヌスヴァーラと呼ばれる音を区別していることが、実際の言語における区別を反映しているか、あるいは同じものの違った見方にすぎないかという点であった。Whitneyは後者の見解を示し、彼の見方はのちに批判されたものの、まだ決定的に論駁されていない。本論で筆者は、問題の区別は実際の言語における、鼻母音または非継続鼻音であるアヌナーシカと、母音に後続する鼻音分節音であるアヌスヴァーラの区別を明確に反映するものであることを論証する。また、それに関連したタイミング、遷移、子音重複の問題もあわせて考察する。

本論文の構成は以下の通りである: 1. はじめに 2. パーニニの『アシュターディヤーイー』やプラーティシャーキャ文献における、見解の違いと実際の用法の違いを示す記述の例 3. 語末の-mに関する『アシュターディヤーイー』とプラーティシャーキャ文献の規則、および関連する-nに関する規則 4-6. これらの規則がWhitneyの説では解釈できず、 Whitneyが主張するデーヴァナーガリー文字からの証拠も受け入れられない 7. アヌスヴァーラの音韻・音声的性質:韻律からの証拠 8. タイミングと遷移に関する違いと-mの史的発展のかかわり 9. 子音重複や音調の遷移にかかわる、そうした違いの類例 10. まとめ


堂山 英次郎 “Indo-Iranian *mans dhā –– A morphological study ––”

古インド・イラン語の複合動詞 *mans dhā は Av. mə̄ṇ/məṇ/mąs/maz(...)dā によって例証されており, またその派生語がアヴェスタ語及びヴェーダの中から回収される。これらはしばしば注目されてきた語であるが, これまで *mans の語源・形態が十分に検討されてきたとは言いがたい。本論では,歴史言語学の立場からこれを試みるものである。考察の結果, *mans は語根名詞 *man-「思考」の単数属格・奪格か, 古い -s-語幹 名詞 *man-s-「思考」の対格・属格・処格単数のいずれかであり, 一方で複合名詞に現れる異なるアップラウト形 *mas-は後者の語幹の形であることが分かった。動詞に前置される *mas- や複合名詞の前半に現れる *mans- の形は,それぞれ複合名詞の *mas- 及び格形である *mans- が二次的に持ち込まれた形と思われる。この結果に基づき,今後 mans dhāの統語論的研究を予定している。


加藤 昌彦 “Verb Particles Indicating ‘up’ and ‘down’ in Western Pwo Karen”

西部ポー・カレン語の動詞助詞(動詞小辞) thàɴ と láɴ は、それぞれ、「上がる」と「下がる」を表す同形の動詞に由来する。本稿は、これら動詞助詞の用法に関する考察である。thàɴ と láɴ に共通する用法として、(i) 方向を表す用法、(ii) 起動相を表す用法、(iii) 強意を表す用法、の3つを指摘する。任意の動詞と共に使われたthàɴ と láɴ はこの3つの用法のうち一つの読みしか持たない。また、láɴ には再帰表現に用いられる用法もある。


小林 正人 “The Stative Passive Construction in Kurux”

クルフ語とマルト語は他のドラヴィダ語族言語とは異なり、生産的な受身語幹をもつ。もと自動・再帰の接辞であった -r がクルフ語で受身に拡張され、マルト語では目的語が主格には昇格しないものの、受身接辞 -wr/-ɢr と動形容詞接辞 -pe が新たに発達した。クルフ語では -r による受身形のほか、他動詞の完了分詞と存在動詞 raʔ- を組み合わせて迂言的に状態受身が作られるが、これは分詞が単数非男性で主語との一致を起こさないことを除けば、能動の完了形と同形である。形容詞的な受身形の過去分詞が一致を示さず、動詞的な完了形の過去分詞が一致を示すことはスぺイン語などと逆で奇異に見えるが、これは動詞には性数人称の一致かがあるが形容詞には一致がないというクルフ語の個別言語的特徴によるものである。本論文では聞き取り調査と書き起こしコーパスの分析により、状態受身に見られる不変化の完了分詞が実は限定用法の形容詞であるという Grignard (1924) の指摘を支持する。格支配から判断して、現在のクルフ語では Grignard の記述に比べて状態受身が動詞カテゴリーとしてより確立されていると見られる。クルフ語の完了形では分詞の主語との一致がほぼ失われているが、状態受身と完全に融合してしまうのを避けるため、単数非男性形のみ主語との一致が保存された可能性を本論文では指摘する。完了と受身の融合した時制をもつサドリー語との二言語併用による収斂も考えられる。


児玉 茂昭 “Latin Metals”

古典ラテン期に存在が知られていた金属を表す名詞のうち、借用語や語源が不明な語ではないものは4つある。それらは、aes「青銅」、 aurum「金」、argentum「銀」、ferrum「鉄」である。これらの語の語源については、すでに多くの研究があり、この論文ではその研究の成果を活用して、aurumとargentumが祖語の段階でCalandシステムによる派生の結果である一連の語群の1つから派生していることを指摘した。ferrumについても同様の派生が行われた可能性があるが、各分派言語に残された証拠が乏しいため、それを肯定することは困難である。


児島 康宏 “Relative Time Reference in a Conditional Construction in Georgian”

接続詞tuに導かれる条件節において、述語動詞がアオリスト形と呼ばれる過去形をとった場合、条件節の時制の解釈として、絶対時制に加え、相対時制の解釈が可能であることがある。相対時制の解釈では、アオリスト形の述語は非過去の事態を表わす。相対時制の解釈が可能な場合は、意味的・語用論的に条件づけられる。条件文が「条件節で表される事態を実現させるな」という禁止的な発話行為を述べるものであれば、相対時制が可能である。また、そのほかの場合、相対時制では、条件節は事態の生起に対して制御 (control) を有する1・2人称の行為を表しにくい。


熊切 拓 “Epistemic Modality and Conditional Sentence: On the Presentative Particle of an Arabic Dialect of Tunis (Tunisia)”

本研究においては, アラビア語チュニス方言の条件文の主節に現れる小辞 rʕaː-を取り上げた。まず, 筆者自身が収集したデータを用いて, この小辞がどのように条件文に現れるかを記述し, その後, この小辞が命題的・認識的なモダリティを表示するという観点から, その出現と機能に関する説明を試みた。この小辞の命題的モダリティとしての特徴についていえば, これが命題を非現実 (irrealis) なものとする機能から, 条件文全体におよぶ反実仮想性の決定に関わることを明らかにした。また, この小辞の認識的モダリティとしての性質が, 命題の提示の仕方として現れていることを指摘し, 条件文に関する Haiman (1978) の分析を手がかりに, この小辞に, 条件文の条件節からの推論を通じて聞き手にとって新しい情報を提示するという機能があることを示した。この推論性は, 新しい情報を帰結としてもたらすという点で, この小辞のもっとも基本的な機能と考えることができる。さらに, こうした機能が, この小辞によってはじまる条件文主節における警告あるいは励ましといった表現性をもたらしていることを述べた。本研究は, 条件文における条件節と主節との関係が主節のモダリティに影響を及ぼす事例を報告するものであり, 一般言語学における条件文の研究に寄与するほか, アラビア語方言独特の言語特徴を主題とする点で, アラビア語研究においても一定の価値を有する。


町田 健 “Formal Description and Explanation of Temporal Properties of Sentences”

文が表示する事態の時間的特性は、動作態と時制・アスペクト形式の組み合わせによる産物である。時間的特性が得られる過程を説明するためには、事態を構成する時間的要素を正確に記述すると同時に、これらの要素が統合される過程を詳細に解明する必要がある。この目的を適切な形で達成するために、言語研究が期待をもって選択することができる方法の一つとして、形式的表示がある。本稿は、文が表示する事態の時間的な特性が直観的に理解された結果を説明できるようにするための、できるだけ精密な形式化を提示することを目的とする。


西村 周浩 “On the Phonological Mystery in Latin suspīciō: A Trick of suspectus”

本論の目標は、ラテン語の複合語 suspīciō「疑い」がどのようにして語根部分に長母音 -ī- をもつにいたったか、その歴史的なプロセスを明らかにすることである。印欧祖語の延長階梯に出発点を求めることはできない。同様の現象を示すほかの複合語を観察すると、主要部として用いられている動詞語根は、過去分詞を形成する際、ラテン語においては Lachmann の法則により母音が延長される。これが複合語に見られる長母音の起源と考えられる。さらに、長母音の出現は、現在語幹において鼻音折中辞を伴う語根である場合がある。こうしたことが間接的要因として、suspīciō に関連する語である suspectus” 「疑わしい」の形態・意味における再解釈と相俟って、 suspīciō に長母音をもたらしたと考えられる。


荻原 裕敏 “Tocharian Fragment THT333 in the Berlin Collection”

本稿ではドイツ所蔵トカラ語断片 THT333 を扱う。本断片は古風な Brāhmī 文字で書写されており、また言語特徴の面からも Archaic Tocharian B として知られる特徴を留めているため、トカラ語文献中、古層に属する断片であると判断される。1953 年に TochSprR(B) II によ ってローマ字転写が出版された際、この断片は Prātimokṣa に属する断片として分類され、既にいくつかの研究でも言及されているが、これまでこの断片の比定には至っていなかった。漢訳仏典中の律蔵と比較した結果、筆者は説一切有部の広律である『十誦律』巻 21「受具足戒法」に収められた羯磨文中に対応部分が見出される事を発見した。しかしながら、 THT333 は全ての点について『十誦律』の対応箇所に一致するわけではなく、「波羅夷法之四」の条文に相当する部分に根本説一切有部律のものと一致する部分が見られた。これらの事実は、梵漢蔵文による仏典研究から提出されている、説一切有部の内部には複数の律が存在しており、所謂根本説一切有部と称される部派もその内の一つであったとする主張をトカラ語文献からも裏付けると同時に、律蔵で規定された羯磨文が実際に西域北道の仏教の中心地であった Kucha 地域で受容されていた事を示している。


佐久間 保彦 “Terms of Ornithomancy in Hittite”

鳥占いに関するヒッタイト語文書は数多く残されているが、鳥の飛行についての専門用語はこれまで充分に解明されていなかった。本論文は、関連するすべての術語を調査し、それらの意味を解明することを目指す。


笹原 健 “Zur Wortfolge von Gregorius Martinis Die Sieben Bußpsalmen des königlichen Propheten Davids. Windish und Deutsch (1627)

ドイツ東部で話されている上ソルブ語(インド・ヨーロッパ語族スラブ語派)は,一見したところ文法的に規定された語順は存在せず,自由であるように見える。この見方はある意味で正しい。しかし筆者の観察によれば,少なくとも現代語においては好まれて用いられている語順(定形動詞第二位やドイツ語の枠構造を想起させる語順など)はたしかに存在する。この好まれている語順が,いま起こりつつある言語変化によるものなのか,古くから存在するものなのかをつきとめる。本稿では2番目に古い上ソルブ語による印刷物,ゲオルギウス・マルティニ Gregorius Martini による7つの詩篇のドイツ語上ソルブ語対訳 Die Sieben Bußpsalmen des königlichen Propheten Davids. Windisch und Deutsch (ブディシン,1627年)を分析対象にする。分析の結果,主節においては,現代ドイツ語のように定形動詞が第2位に置かれる強い傾向が見られる。動詞部が定形助動詞+非定形動詞である場合は,前者が第二位に置かれ,後者が節末に現れやすい(枠構造を形成)。従属節においても似た傾向が見られる。しかし,分析的に作られる接続法の場合はほぼ一貫して接続詞+助動詞+主語という語順で現れる。これらの特徴の多くは,現代上ソルブ語で好まれて用いられている語順と類似している。


嶋田 珠巳 “The do be Form in Southwest Hiberno-English and its Linguistic Enquiries”

アイルランド英語南西部方言にある習慣相を表す do be 形式 (例: I do be praying for you.「いつもあなたのために祈っています。」) について、その用法、形成、現代の当該言語話者の意識、世界の英語変種との関連の諸方向からそれぞれに現時点における考察をまとめる。本稿は、これまでほとんど記述されることのなかった関係詞節内にあらわれる do be 2 の用法 (例: from the table where people do be eating) を 1950 年代の劇作からの文例で示すこと、文法的イノベーショ ンとしての do be の形成の過程、現代の話者にみる do be 形式に対する「悪い文法」評価とその使用に関する「教養のない」「貧しい人の」といった社会的意味の素描を含む。さらに、カリブ海の英語系クレオールないし英語諸方言にある習慣相を表す文法表現との関連について、それらがアイルランド英語からの拡散ではなく、カリブ地域において独立して形成された可能性を示唆する。Do be 形式という一つの文法形式にも、そこからひろがる視界は社会言語学的および接触言語学的関心を含み、どこかで言語変化を解くための諸要素への理解へとつながっていると考える。


杉浦 滋子 “Expression of Exceeding of Expectational Limits in Japanese and English”

ここではまず、英語のevenや日本語の「も」「さえ」「すら」は、その事態が話者にとって起こっても意外ではないし、起こらなくても意外ではないという予想範囲を越えていることを表すと主張した。このため、あまりに起こりそうにないため起こると意外である事態、そしてあまりに起こりそうであるため起こらないと意外である事態の表現にこれらが用いられる。当然尺度が用いられるが、その尺度には語用論的に決定されるものと、語彙項目に内在するものとがある。後者において「も」が否定文で現れる場合には基準値提示という意味を区別すべきだとした。また、予想越えの表現において日本語では形式の面で予想越えを表す要素が必要であるのに対し、英語では音韻上の強調のみによって予想越えが表されると主張した。


カーシーナート・タモート、北田 信 “A Newly Discovered Fragment of Ṥrīkr̥ṣṇakīrtan”

ボル・チョンディダシュ (Baṙu Caṇḍīdās) 作『クリシュナ讃歌』 (Śrīkr̥ṣṇakīrtan) は中期ベンガル語最初の作品である。今まで、写本はベンガル地方で一個しか見つかっていなかった。ところが最近になって、ネパール・カトマンドゥでこの作品の写本断片が発見された。本論文では、この写本断片を簡潔に記述し、そこに記載された歌詞のうち、二つを『クリシュナ讃歌』のものと同定した。


梅谷 博之 “Classification of Some Sentence-final Modal Particles in Khalkha Mongolian”

モンゴル語の「助詞」は, 単独では文を構成できず, また屈折により形を変えることがないものと して定義される。本稿では助詞の中でも特に, 述語の後に現れてモーダルな意味を表す助詞 (文末助詞) を取り上げる。文末助詞として先行研究で分類されているものの中には, 先に述べた「助詞」の定義とは異なり, 単独で文を構成したり, 格接辞を取ることができるものが存在する。本稿ではまず, こうした「助詞」の定義から外れる文末助詞が, 5つある事を指摘する。その後, その5つの「文末助詞」を「動詞」や「実詞」といった, 「助詞」以外の語彙範疇に分類することを試みる。


内海 敦子 “Talaud Verbs: Paradigm of Basic Verbs”

タラウド語はインドネシア北スラウェシ州で話されているオーストロネシア諸語の一つである。タラウド語の動詞には様々な接辞が付加する。本論文では、これらの接辞のうちヴォイスを標示する働きを持つ接辞のみが付加した動詞を basic verb と呼ぶ。タラウド語の動詞は最大三つの態を持つことができ、basic verb はそれがとりうるヴォイスの数によって、single-voiced、double-voiced、triple-voiced の三種に分けられる。本論文ではそれぞれの動詞がどのような形態論的特徴と意味的特徴を持つかについて詳細に論じる。


吉田 和彦 “Return of Wackernagel: The Weak Affix -nī- in Sanskrit Ninth Class Presents”

印欧祖語に再建される喉音 (laryngeals) がサンスクリットにおいて母音化する場合、語末音節における反映形についてはなお議論されている。しかしながら、語中においては i で現れると一般に認められている。この一般的な見方の明らかな例外となるのは、現在第9類動詞の弱語幹にみられる接辞 -nī- である (サンスクリット現在第9類動詞は比較言語学的には鼻音接中辞で特徴づけられていた)。この接辞 -nī- は、音法則によって予想される -ni- ではなく(-ni-C < *-nH8-C)、長母音 ī を持っている。この ī は二次的な形態的要因によってもたらされたと考えられる。この特異性を説明しようとするさまざまな試みのうち、ヴァッカーナーゲル (Wackernagel) は 1896 年の研究のなかで、接辞 -nī- にみられる長母音は強語幹と弱語幹の母音の長さを同一にし ようとする作用に起因すると述べた。この彼の見方は、のちにジャミスン (Jamison) によって批判を受ける。しかしながら、ヒッタイト語にみられるつぎの類型論的な根拠は、ヴァッカーナーゲルの見方に強い支持を与える。ヒッタイト語の鼻音接中辞を持つ動詞クラスからつくられる3人称単数現在中・受動態動詞は -ā̆ri ではなく、-ttari という語尾を持つ。この事実は、ヒッタイト語の先史において、強語幹に特有の鼻音接中辞の長母音の長さが対応する弱語幹に広がったと考えない限り、容易に理解することができない。この言語学的解釈は、サンスクリット現在第9類動詞弱語幹接辞 -nī- についてヴァッカーナーゲルが示した見解とまったく並行的である。この新たに発見されたヒッタイト語からの根拠により、1世紀以上前に提案されたヴァッカーナーゲルの見方は、なおこの問題についての最善の説明ということができる。


吉田 豊 “When Did Sogdians Begin to Write Vertically?”

ソグド文字は, アケメネス朝ペルシア (550-331 BC) 時代の公用語である帝国アラム語を表記するアラム文字に由来する. このアラム文字は 22 文字からなり, 右から左に横書きした. ソグド文字は, アルファベットを構成する文字の数も文字を書く方向もアラム文字のそれを受け継いだ. しかるに西暦 630 年にソグド地方を通過した中国僧の玄奘は, 『西域記』においてソグドでは文字が縦書きされていると記述している. 彼の報告の正しさはソグド語の碑文によって確認されるが, それら縦書きの碑文はどれも 6 世紀後半以降のものであり, それ以前のいつ横書きから縦書きに移行したかは判然としない. そこで本稿ではインダス川上流で発見される 650 点以上ものソグド語岸壁銘文群に注目する. これらは古風な文字で書かれており相対的に古い時代に属することは明らかである. しかもそこでは縦書きの銘文と横書きの銘文が混在しており, これらが刻まれた時期にソグド文字が横書きから縦書きに移行しつつあったものと推測される. 筆者は銘文群に現れる「匈奴」を意味する人名 xwn に注目し, それが自らフンと名乗ったキダーラ族が 5 世紀前半にソグド地方を征服した事実と関連づけられるとして, 銘文の時代を 5 世紀後半に比定する. そしてこの時期にソグド文字の縦書きが始まったと結論した.


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