by hkum

言語学演習2011要旨


4/19 新永 悠人「北琉球奄美大島湯湾方言における副動詞から格標識への文法化」

北琉球奄美大島湯湾方言において、ikj-「行く」を動詞語根に持つ副動詞(izjɨ)が格標識(zjɨ)へと変化していると見られる現象を考察する。その際、その格標識(文法化以後の形式zjɨ)と動詞(文法化以前の形式izjɨ)との共起制限から、この形式が文法化以前の語彙的意味を失っていないことを示し、これが通言語的に見て珍しい言語現象であることを示す。


4/26 髙山 林太郎 「岡山県妹尾方言における両唇ふるえ音」

本発表では、岡山県妹尾方言における両唇ふるえ音の存在を報告した。この方言の両唇ふるえ音は/u, o/の前の/p, b/の異音である。重音節で頻繁に現れるだけでなく、プロミネンスのある軽音節でも現れる。すなわち震えの強さは呼気の強さを反映している。


5/10 三村 友美 「ユダヤ・スペイン語現代イスタンブル方言に見られるトルコ語由来の諸要素」

本発表では、話者の減少により「存亡の危機」的状況にあるユダヤ・スペイン語現代イスタンブル方言の現状を紹介した。さらに、イスタンブルで実施した基礎語彙調査(現地聞き取り調査)のデータに基づき、同方言が有する現代標準スペイン語からずれが生じている点に注目し、音韻、形態および語彙の点から分析を試みた結果、支配言語であるトルコ語の影響であると思われる現象が相当数観察された。


5/17 マーク・ローザ 「沖縄の表記法をエンコードするにあたって」

本発表は、沖縄・八重山諸島の文字「カイダー字」と「スウチュウマ」を、ユニコード・システムのSMP(Supplementary Multilingual Plane)領域に組み入れることについての諸問題を論ずる。SMPとは、「補助多言語面」とよばれ、ユニコードの基本である2バイトシステムの領域に収録できなかった、古代文字等を符号化するために新しく設けられた追加領域のことである。フォントの作り方、コンピューターへの文字の入力方法、異体字の扱い、文字番号と文字名の付与、「補助多言語面」に加えての「私用面(Private Use Area)」の併用、について論ずる。また、それらの文字入力を行うために開発したフォントを、開発方法と併せて示す。さらに、それらの文字のユニコード化に向けて、現在、発表者とユニコード開発者との間で進行中のやりとり(問題点の修正等)についても紹介する。


5/24 後藤 智明「ハウサ語におけるアラビア語借用語の語中子音連続の受け入れ」

ハウサ語では、アラビア語からの借用語を取り入れる際、語中の子音連続を再音節化するための母音挿入や、子音の変化が起こる。今回は、アラビア語からの借用語に含まれる語中の子音連続が再音節化された事例、およびその中の子音が変化した事例の一部を集めて、ハウサ語の音節構造や、借用語受け入れの際の音節構造に合わせた変化を扱った先行研究に照らしてみる。


5/31 津田 悠一朗 「イタリア語における『名詞+名詞』複合語の発達」

20世紀以降、イタリア語において「名詞+名詞」の複合語が新聞や文学作品などで以前より圧倒的に多く見られるようになってきた。本発表では、こうした複合名詞を従来の名詞表現と比較しながら、その構造を明らかにして分類を行った。少なくないカルクの例が見つかっていることから、複合名詞の発達の要因の一つとしては英語及びドイツ語の影響が考えられる。


6/7 今西 一太 「アミ語形態論の記述-『屈折』と『派生』-」

台湾原住民語・アミ語形態論の記述においては屈折・派生の二分法が難しい。本発表では屈折・派生が連続体の両極であることを指摘したうえで、二分法の代案としては以下の二つを提示する。

  1. 三分法、四分法などさらに細かい分類を行う。
  2. 屈折・派生を区切ることの出来ない連続体として想定し、様々な形態プロセスをその中に位置づける。

6/14 佐々木 充文「古典ナワトル語の場所詞に関する類型論的考察」

古典ナワトル語では、場所詞が空間意味役割を特定しない。本発表では、古典ナワトル語の空間表現体系をBohnemeyerらが報告しているユカテク語の空間表現体系と比較し、古典ナワトル語の空間表現体系はユカテク語タイプのradically V-framed な体系ではなく、場所詞の解釈において文法的な手がかりと文法外的な手がかりの両方が重要な役割を果たすdistributively framed な体系であると主張する。


6/20 平田 秀「三重県尾鷲市方言のアクセントについて」

三重県尾鷲市方言のアクセント体系は下の1, 2に示す通りである。

  1. 下げ核を持つ。
  2. a(低起)式とb(高起)式の二式を持つ。

b式の名詞は環境によって音調が交替するという特徴を持つ。


6/21 神庭 真理子「日本手話におけるダイクシス-名詞的語の位置について-」

日本手話において、手の位置が親密度と上下関係を表す社会的ダイクシスとして機能していることを指摘する。また、これらのダイクシスの基準(ダイクティック・センター)は移動することがあること、そして、これらは比較などの他の空間システムの影響を受けることを示す。


6/28 岩崎 加奈絵「ハワイ語特殊動詞群の位置付けに関する考察」

本発表では、ハワイ語動詞のうち項の取り方が特殊である動詞群(loa‘a-type動詞)を、文法記述上どのように位置づけるべきか、能格性と関連付けながら考察した。その結果、

  1. これらの動詞を能格的と見なすこと自体は可能だが、ハワイ語については従来通り対格言語と呼び、当該動詞群は特例として注記すれば十分であること、
  2. 先行研究でこの動詞群はstativeと呼ばれてきたが、意味上必ずしも状態を示すものでないため、混乱を防ぐためこの語を用いず、他の一般的状態動詞と同じカテゴリには含めない、

の2点を提示する。


6/28 南本 徹 「『印欧祖語の不定詞』 *-sen(-i)について」

ミュ ケナイ・ギリシア語において音連続 *-eye- がすでに -ē- に変化していたとする J. Killen の説に従うと、ミュケナイ・ギリシア語の e-re-e は、従来の解釈(/erehen/ < *h1erh1-sen)とは異なり、語根ではなく語幹からの形成であると見なせる(/erēhen/ < *ere-ye-hen)。したがって、ギリシア語において語尾 /-hen/ が語根から不定詞を形成すると言える確実な例は皆無となり、印欧祖語に不定詞形成法 *-sen-(i) を再建する根拠は失われる。


10/4 小野 大地 「ヒッタイト語における表記上の閉鎖音重複と形態境界」

ヒッタイト語の閉鎖音にはfortisとlenisの対立が存在し、前者を重複子音で、後者を単子音で表記するのが一般的である。しかし、語源的にlenisが期待される形態境界で重複子音表記、あるいはその逆がみられることもあるということが知られている。こうした例外は、形態の結びつきの差異によって生じたものであると考えられる。


10/11 鄭 若曦「中国語における『所有者主語のBEI受身文』の意味・機能」

中国語では、ある有情者(所有者)の身体部位など(所有物)が直接行為・作用を受けることを表現する際、三種類のBEI受身文を用いることが可能である。三者は、共に所有者が主語(又は主語の一部)として表現されているため、「所有者主語のBEI受身文」と名付ける。本稿では、三者がそれぞれディスコース上で果たす機能の解明を試みる。

  1. 「太郎的脚被车压了」
    太郎が車に足を轢かれたことを誰かに報告する際、A類は「太郎の足」を主語に取る。A類は、所有物の結果状態を語ることによって、事態全体の叙述を詳細化する構文であると考える。
  2. 「太郎被车撞了脚」
    B類は、主語に立つのが所有者のみで、所有物は述語動詞の目的語の位置に立つ。B類は、使用頻度が低い上、単独で文が成立することも少なく、動画のように刻々と進行する事態の中のワンカットを描くことが多い。
  3. 「太郎被车把脚压了」
    C類は、更に使用頻度が低く、所有物が埋め込まれた'把'構造の目的語で表される点でB類と異なる。C類は、所有者の一部分が直接行為・作用を受けたことに関する所有者自身、又は話者の心的態度を語る場合に用いられる傾向がある。

10/17 ダヴィッド・ムルヤディ 「インドネシア語における所有動詞述語の統計的分析-2011年夏の調査報告-」

本発表ではインドネシア語の様々な所有動詞述語(possessive verb predicates)について、H変種とL変種という2つのレジスターによって話者が所有動詞述語をどう選択するか、及び各レジスターに現れる所有動詞述語の傾向と特徴を考察する。

先行研究(Hopper 1972, Alieva 1992, Moeljadi 2010)では、レジスターが所有動詞述語の選択に重要な役割を担っていることについて述べられているが、それをサポートする実証的なデータが不十分である。そのため、2011年夏に、H変種とL変種という2つのレジスターによって所有動詞述語が選択されるという前提に立って調査を行った。コンサルタントには、回答に際して「書く」か「話す」かを選んでもらい、ストーリーを語ってもらった。結論として以下の3点を指摘したい:

  1. 書かれた回答では、所有を表わすためにmemilikiという所有動詞がよく使われ、話された回答ではpunyaという所有動詞がよく使われる傾向がある。
  2. ber-は書かれた回答でも話された回答でも使われるが、書かれた回答でより多く使われる傾向がある。
  3. 非常に少ないパーセンテージで現れた、周辺的なber-...-kanと-anを除けば、他の所有動詞述語(mempunyai, ada, ada ...=nya)に関してはどちらかというと話された回答によく現れる傾向がある。

10/18 石塚 政行 「バスク語レクンベリ方言の能格標識省略」

フランスで話されているバスク語レクンベリ方言では能格標識を省略することが可能であり、これは進行形における能格の絶対格への昇格とは異なる現象と見なせることを示す。また以下の2つの場合には省略ができないことも指摘する。

  1. 省略するとどの名詞句が動作主項なのか分からなくなってしまう場合。
  2. 能格名詞句が焦点や対比といった特別な情報的価値を持っている場合。

10/25 中澤 光平 「淡路島方言の音韻と形態の特徴と分布」

本発表では,淡路島方言の所属を決定する要素を明らかにするため,淡路島方言の語彙,音韻,文法などを広く記述した。主な点は以下の通り。


10/26 濱田 武志「湖南省江華瑶族自治県の梧州話の連続変調に見られる非漢語性」

梧州話の連読変調は以下のような特徴を有する:

  1. 末尾音節は原調を保つ。
  2. 非末尾音節では、高レジスター声調同士及び低レジスター声調同士が、それぞれに於いて対立を失う。

このような特徴を持つ漢語方言は、粤語勾漏片に属する方言を除いて稀であるが、幾つかの非漢語に於いて、梧州話と類似した連読変調が観察される。梧州話の連読変調は、これらの非漢語からの影響の結果生じたと考えられる。


11/8 平沢 慎也「by nowの意味・用法について」

本発表では、by nowは「ある事柄が成立する可能性が時間の経過に伴って単調増加し、発話時においてはもう既にその事柄が成立している」ということを意味するのであって、alreadyと完全に同義であるわけでもなければ、必ずしもLeech, G. N. and J. Svartvik (2002), A Communicative Grammar of English で指摘されているような「不確かさ」を内包しているわけでもない、ということを主張した。また、このby nowが否定文中に現れる場合、複数の特異な統語的制約が生じることを指摘した。


11/14 サミ・ホンカサロ「殷代中国語における否定について」

本発表では、Djamouri(2001)等を踏まえて、殷代中国語における否定詞の使い分けについて考察する。殷代の甲骨文字には「弗」,「勿」,「不」,「弜」,「毋」及び「亡」という主な否定を表す字が存在すると知られている。否定詞の使い分けはモダリティ及び他動性に関わっていると以前から考えられてきたが、説明不可能な問題が残っている。今後の研究では、甲骨文のコーパスを利用し、認知言語学の観点から否定詞の使い分けを分析したい。


11/15 山田 望「フランス語のアクセント形式と韻律の変化について」

本発表では、フランス語史での様々な音韻変化を、アクセント形式の変化との関わりの中で検討した。特に、語アクセント形式からリズム段落アクセント形式への移行とともに、CVの連続を単位とする韻律形式が確立したことを主張した。


11/22 王 海波「満州口語における声調の出現について」

満洲口語の三家子方言と黒河方言のどちらにおいても、アクセントは強さアクセントである。アクセントを持つ音節は持たない音節より強く長く発音される。一方、アクセントを持つ音節は、高いピッチ、低いピッチ、上がるピッチ、下がるピッチの4種類のうちのどれかで現れる。アクセントを持つ音節のピッチは、モダリティなどに左右されず、予測できない。そのため、アクセントを持つ音節のピッチに声調素の設定が必要である。

三家子方言の低い声調の出現は、アクセントの移動によって引き起こされた可能性がある。アクセントの移動により、元々アクセントを持たない低い声調だった音節は、低い声調のままアクセントを持つようになる。また、アクセント移動は:

  1. 音節の融合と
  2. 移動前後のアクセントのつく音節の間におけるソノリティの差異、

という2つの要素にが原因となっている可能性がある。


11/29 アダム・ホー「中国系マレーシア人の使用するマングリッシュ(マレーシア英語クレオール)における助詞」

This paper deals with the particles and exclamations used by Chinese Malaysians in spoken Manglish (Malaysian English). Like intonation in standard British English, particles and exclamations play an important role in conveying a speaker's mood, attitude, feelings, etc. Standard English puts a lot of emphasis on intonation, for it can make a great difference in conveying different kinds of mood and attitude of the speaker. On the other hand, Manglish makes use of the basic intonation patterns of standard English, along with particles and exclamations which are 'enhanced' by tones imported from Chinese and intonation patterns from other local languages as well.


12/6 王 瓊「中国語における新語表現『囧』について」

本稿では、現代中国語における新語表現「囧(jiŏng)」について考察する。古文で使われていたこの語は廃語化していたが、近年違う意味で再び用いられるようになったという点で注目に値する。もとは「明るい」または「明るく」を意味し、形容詞や副詞として使われていた「囧」が現代中国語において特定の種類の気持ちを表すようになった。その意味変化には以下の要因が関係していると考えられる。

  1. 字形と人間の表情との類似性
  2. 既存の同音異形異義文字である「窘」との関連性

また、新語である「囧」には形容詞または副詞的な用法がある一方、動詞的な用法も観察される。新聞や雑誌で使われるようになったり、辞書に登録されたりして定着の傾向性が見られる。


12/13 早田 清冷 「順治十一年序文の二種の『詩経』における満州語について」

満洲語訳『詩経』のうち、順治11(1654)年の同一の序文を持つ刊本は二種類あることが知られている。これらの文献中の満洲語について、一方の満文は順治年間の特徴を持っているが、もう一方は康煕年間の特徴を持っていることを報告する。


12/13 CATT, Adam, "The Particle *h2(é)u in Vedic and Beyond: A New Proposal on its Function and Etymology"

In contrast to previous proposals such as that of Klein (1978, 1985), who argues that the Vedic enclitic particle u has distinct anaphoric and conjunctive functions, I argue that the particle u functions uniformly as a loose conjoiner of clauses, and these clauses can be both dependent and independent. For the etymology, I argue that Vedic u and its cognates stem not from the Proto-Indo-European distal deictic particle *u but from a conjunctive morpheme reconstructable for the protolanguage as *h2(é)u.


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